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□哀しい歌
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「ねぇアナタ…レオナに何があったか知らない?」
「知らないよ。どうかしたのか?」
「…あの子、最近哀しい歌しか歌わないのよ。そのわりには、その歌ばかりを繰り返すの…」
川沿いから澄んだ歌声が村に響いた。陽もほとんど沈みきった、宵のことである。
川辺にしゃがみ込んだ、一人の少女、レオナの歌声だった。
「レオナ」
呼ばれて振り返った姿は、ひどく華奢で、色は白く、まるでガラスのようだった。白い肌に映えた薄紅の唇がゆっくり動いて、小鳥のような声を発した。
「お父さま…」
そう呼ばれた男は、レオナにそっとショールをかけてやった。
「もう陽も沈んで寒くなってきただろう。家に戻りなさい。お前は丈夫ではないのだから」
父は微笑んだが、レオナは笑わなかった。
「お父さま、お願い。もう少しだけ」
レオナがそうせがむと、父は気に食わないといった顔を見せてその場を去った。
「少しだけだぞ」
とだけ残して。
レオナは肩にかかったショールを胸の前で緩く結び、また川の方を向いた。
歌が村に響く。
澄んでいて美しいけれど、胸に穴を空けてしまうような、苦しく、哀しい歌。
歌い終えると、レオナは家に戻った。
「あらレオナちゃん、おかえりなさい」
出迎えたのは母だった。
「ただいま、お母さま」
レオナは少しだけ微笑んだ。でもそれは、冷えきった笑顔だった。
すかさず、母は元気づけるように声を弾ませた。
「レオナちゃん、お隣のおじ様がね、喜んでらしたわよ。野菜がよく育ってるって」
レオナの歌には不思議な力があった。
生きるものに更なる生を与え、自然を動かし、そうして村は平穏を保っていた。
レオナの役目。それが、歌。
「そう…、それは良かったわ」
だがレオナの声はいつもの通りだった。
喜ぶでも、悲しむでもなかった。