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□真下の花火
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低い音を響かせて夏の夜空を彩る、花火。
毎年真下でそれを見ていた佐奈は、家のベランダから眺めるのは実に久しぶりだった。
「きれーい!」
まだはっきりしない言葉で、妹の夏実が感嘆の音をあげている。
佐奈が用意した、即席の段ボール箱の特等席に座りながら。
「すごーい!」
「きれいだね〜」
佐奈にとっては、ここから見る花火は少し小さいけれど。
佐奈は去年の花火を最後に八ヶ月付き合った彼氏と別れた。
原因を取り立てて言うなら、倦怠期の末期症状だった。
その彼氏は今頃、他の女とあの下で花火を見ているのだろうか。
本当は友達に花火を見に行こうと誘われていたけれど、そんなことが頭をよぎって行く気になれなかった。
そして今、妹の夏実に連れ出されてベランダで見ているのだ。
本当は気が進まなかったけれど、泣き虫の妹の頼みは断れない。
まとまった大きい音がして、丸い光の花がいくつも空で咲いた。
音に驚かされるようにして、ぼーっとしていた佐奈は我に帰った。
「ママ!来て!きれーだよ!ママー!」
佐奈がぼんやりしている横で、じっとしてはいられない程に興奮する夏実。
その素直に感動する姿に、改めて花火の美しさを思って、微笑む。
正直言うと、大好きだった花火が少し嫌いになりかけていた佐奈は、夏実の笑顔に何やら嬉しくなって便乗するように母を呼んだ。
「本当きれいだよ!ママ!」
窓の向こうから、かすかにはいはい、と笑う声がした。