漆黒

□VERMISSEN
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まだ目を白黒させている孫を一瞥し、美しい老女は再度溜息を吐いた……だがこれは、深い憐憫に満ちていた。可愛い孫にこの恋の結末を予測してやる事は、祖母として正しいだろうか。

幼い頃に母を亡くしたイオンは、自分の膝で育てた。真直ぐで、誰に似たのか頑固で、それでいて不器用な…宝物。

「……イオン、そなたにある一人の長生種-メトセラ-の話をしてやろう」

外見だけならイオンと歳も変わらなく映る少女は、白磁器のような指で孫にソファへ座るよう促した。
おとなしく腰を下ろしたイオンは、辞典を抱えたまま祖母の言葉を待った。

「昔………ずっと昔、といっても帝国と教皇庁は数百年もの間イガミあっておるからな、今とさして変わるべくもない。帝国内で暮らす短生種が今も居るように、その時も居たんじゃよ」

真人類帝国内には短生種の居住区域がある。現に帝国貴族の屋敷で士民として働く短生種の数は多い。
尤も、イオンの住むこの屋敷では、偏屈で傲慢な祖母が『すぐに死ぬ短生種などに情を移したくないから』という理由で、贅沢品の家政用自動人形-オートマタ-を使用しているのだが。

「昔ある侯爵がいて……そりゃあイイ男で、頭もすこぶる切れての、誇り高き帝国貴族の名に恥じぬ本当に立派な男じゃった」
少女のようなモルドヴァ公ミルカ・フォルトゥナは、夢を見ているかの如く視線を宙に彷徨わせた。そしてふらりと孫に落とす。
「男はある日ひとりの短生種の女に出逢う。そしてふたりは愛し合った」

イオンの項に朱が散った。と同時に、祖母が先程から言っていた意味がなんなのか、この時初めて理解した。

「侯爵は短生種の女と外で暮らした。ふたりは大災厄前のロストテクノロジーの研究者として街に、否、世界に貢献し、また…長生種と短生種が共存出来るかも知れないという可能性を指し示してくれた…かも知れない、という」
微かだが祖母の声に沈鬱な響きを感じたイオンは、彼女の陶器のような美しい横顔をじっと見つめた。
目の前の彼女は普段の我儘でひねくれた性格の意地悪な祖母からは想像もつかぬ程に、その瞳は深く昏い哀しみを湛えていた。
「じゃがその幸福は永く続かなかった。彼女は同じ短生種に殺された」

祖母の瞳を見返したイオンは、冷たい冬の外気を浴びた様に感じた。
「短生種、なのに、」
「教皇庁-ヴァチカン-にな」

孫に二の句を告げさせず捨てる様に台詞を吐いた少女は、自分のたおやかな金髪をいらった。
「夫が吸血鬼-バケモノ-だからという理由で、じゃ」
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