撫子

□夜半の寝覚、月灯り
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私は柚木先輩の事が好きで、柚木先輩も多分…いや多分なんて言ったら怒られる、きっと私の事が好きで。
でも一度もきちんと「好きだ」とか「付き合おう」とか言われたワケじゃなくて。

…クリスマス・イヴに初めてキスをした。
後にも先にもそれっきり。

登下校や昼休みに一緒にいるのを見られてるから、天羽さんには「まさか彼氏なの!?」と訊かれもするけど、学内一有名な柚木先輩の彼女だなんてスクープされたら親衛隊に睨まれてもう二度と学校へは行けないし…それ以前に彼女なのかどうかも怪しいし、柚木先輩は相変わらず誰にでも別け隔てなく優しいし貢ぎ物も拒まず受け取るし、かと言って私が加地くんと話をしてるだけで不機嫌オーラ出してくるし意地悪な事ばかり言うし……

そんなだから私は混乱するんですよ、先輩。
どうしたらいいのか解らないなんて言ったら、今更?とあの冷たい視線が飛んで来るのかと思うと、私は夜も眠れないんです。




「ごゆっくり」
京都の老舗旅館…に連れてこられた私は、あまりの立派な建物にただ口を開閉させていた。
本館とは別の、平屋造りの離れ。広い和室が二間続きになっていて、奥には書斎まである。
縁側から見えるのは手入れの行き届いた日本庭園で、まだ白い雪が残る其処にぽとりと淡い朱を落としているのは、山茶花だろうか椿だろうか。
此処…一泊幾らくらいなんだろう……

仲居さんが席を外すと、柚木先輩は面食らう私に笑いながら説明をし始める。
「この離れは迎賓館みたいなものでね、明治の文豪や政治家が好んで良く利用していたんだよ」
「そ…んな凄い所を使ってるんですか、柚木先輩」
「いや?柚木の本家は京都だけれど、俺も此処に来るのは初めてだよ」

柚木先輩は縁側に立つ私に並ぶと、障子に背を付けて腕組みをしながら庭に目をやった。
「趣のある眺めだろう?…いつか大切な人を連れて来たいと思っていたんだ。君が気に入ってくれるといいのだけれど」
照れもせずに甘い言葉を紡ぐ、穏やかな、優しい声。
少し高い場所にある顔を見上げれば、目を合わせて静かに微笑まれて。
「さぁ…折角京都まで足を伸ばしたんだ、町並を散策と行こうか」
まだ顔の赤い私に苦笑を隠さない先輩は、私の背に手を添えて外出を促した。



「草履屋さん?」
「ああ、先々代の頃から付き合いのある店でね。ついでだからしつらえて貰おうかと…ほら、あの店だよ」
先輩が指したのは、呉服屋の隣にある小物問屋。
店先には色とりどりの鼻緒を付けた下駄や草履、奥には扇子や茶巾まであるようだ。
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