撫子

□充満愛地
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紅家直属の姫である秀麗の元へは、彩七家はもとより数々の縁談が舞い込むが、当の本人には知らされていない。
というのも、黎深や玖琅といった外野が権力をフルスイングで利用し、隙あらば姻戚を結ばんと画策している格下貴族との見合い話は総て切り捨てているからに他ならない。

玖琅は紅家の為に絳攸と秀麗の結婚を勧めているのに対し、黎深は単に秀麗を誰かに持っていかれるのが我慢ならないだけなのだが。

「私は可愛い可愛い秀麗が手の届かない所へ行ってしまうと考えただけで、あまりの寂しさに胸が潰れてしまいそうだ」
「……はぁ」
「大体お前には危機感が足りない」
「危機感…ですか……」
「特に!」

黎深は語気を荒くして絳攸に詰め寄ると、ドスを効かせた低い声で告げる。


「藍家だけには絶対にやらん」

紅家直属の姫ともなれば、婿に釣り合うのは紅家か藍家だと言われている。
互いの家の力を侵さず、力に侵されず、対等でいられる関係を家同士が築く為にも。

「…藍家の能無し三兄弟が藍龍蓮と秀麗の縁談を持って来た」
「ら、藍龍蓮…!?」
「あんなワケの解らん男に秀麗をやるわけにはいかん!」
「……確かに、秀麗が他の誰かと結婚ともなれば、主上が……」
「私はあの洟垂れ小僧にも秀麗をやるつもりはない!」

黎深が投げつけた扇を、絳攸は間一髪でかわした。
洟垂れ小僧呼ばわりされた彩雲国の皇帝は、今頃くしゃみでもして本当に鼻水を垂らしているかも知れない……

「秀麗がお前と結婚すれば、秀麗はこの家で暮らす事になろう」
「…そう…ですね」
「そうなると私は秀麗の、お…おとう…さん」

台詞の後半はグフフという不気味な笑いに掻き消えたが、すぐに神妙な顔付きで絳攸を見る。
「が、お前に無理矢理押し付けたりはしない。私は玖琅とは違う」
「黎深様…」
「お前がいらないというなら秀麗は私がお嫁に貰う」

「はぁ!?」
「何か文句があるのか?兄上にも言ってある。…叔父さま、お義父さま、れ、黎深さま……はぁぁ〜どれも甲乙付け難いなぁ〜

…百合という妻がありながら、何が「お嫁に貰う」だと内心呆れていた絳攸だったが、冷徹無比な上司でもあり変わり者の養い父である黎深のこれまでの所業を思い返し、この人ならば本当にやりかねない、いや、やる、と確信し、改めて頭を悩ませた………





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