撫子

□Passacaglia
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「日野ちゃーん」

放課後、普通科校舎エントランス。

階段の上から天羽に呼ばれ、ベンチで楽譜を開いていた香穂子は顔を上げた。
駆け足で降りてくる天羽に、苦笑混じりで軽く手を振る。

「わざわざエントランスまでごめんね〜!」
「急がなくていいのに」
「いやいや、呼び出したのはこっちだもん」
「加地くんの特集組むんだって?」

香穂子の隣に腰を降ろした天羽は、肩から掛けた鞄の中から数枚の写真を取り出した。
三年生の卒業時に皆で撮ったもので、そのうちの一枚は加地と香穂子が一緒に写っているツーショットだ。

「"新・プリンス誕生、音楽科転向後のヴィオラ王子を完全追跡"!……いや柚木サマも月森くんもいない今、彼は貴重なネタの宝庫なのよ〜ホラ、割と協力的だしさ、月森くんと違って」
「あぁ……うん」
「で!この写真ついでにっちゃあなんだけどさ、日野ちゃんも特集に組み込んじゃおうかなと思って」

「ええっ!?」
「取材させて♪」
「こっ困るよ困る!なんで私!?」
「加地くんの了承はもう取ったよ?1人より2人ってね。ホラホラ、お似合いの2人だよ〜」
「……からかうならもう帰るよ」
「ゴメンゴメン、でも取材はマジ。あんた達の記事見て普通科から音楽科への転向を考える後輩が今後いるかも知れないし!いいじゃ〜ん!ね?」
「困るってばー!」

香穂子と天羽が写真を片手にわーわー言い合っていると、誰かに横からひょいと写真を奪われた。
思わず2人揃ってそちらを見れば、音楽科の白い制服に、左手にはヴァイオリンケースをぶら下げた男子生徒が1人。

「何この写真」

「え、衛藤くん!」

慌てて立ち上がった香穂子は彼の手から写真を奪おうとするが、上手くかわされる。
と、彼の顔をまじまじと見ていた天羽が手を打ち鳴らした。

「一年の天才ソリスト!」
「……そりゃどうも。ま、取り敢えず、取材だっけ?それキャンセルね」

衛藤は香穂子の荷物を持って歩き出す。帰るらしい。香穂子も後を追い掛ける。

「ま、待って衛藤くん!」
「ちょっと、キャンセルって!」

声を上げた天羽を振り返り、衛藤は追い付いた香穂子を顎で指す。

「香穂子が困るって言ってるからさ」


……エントランスにいる生徒達が振り返り、香穂子に視線が集まる。
さっと引いた人波の中央を涼しい顔で歩いていく衛藤を、一端は立ち止まった香穂子がまた小走りに追い掛ける。

独りベンチに取り残された天羽は、溜息を吐くと深く座り直し腕を組んだ。

「日野ちゃんはああいうの惹き付ける体質なのかな……あれ?彼もネタになるじゃん」

天羽は早速資料集めに部室へと戻った。
転んでもただでは起きないのが報道部なのだ。





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