撫子

□夜半の寝覚、月灯り
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──朝のお迎え、黒塗りのリムジン。
広いシートに背中を預け、他愛ない話をどちらからともなくする登下校。
いい加減慣れろと柚木先輩は言うけれど、やはり緊張してしまう。

「こうして日野を送り迎えするのも、あと僅かだな」

車の窓枠に頬杖を付きながら、柚木先輩はぽつりと呟いた。
「仲間と呼べる貴重な関係を彼らと築けたのも、良い思い出だよ」

春が来れば、火原先輩と柚木先輩は卒業してしまう。解ってはいたけれど…
「ま、今のうち後輩に恩を売っておくのもいいかもな。特に月森くんあたりね」
この軽口を聞けるのもあと僅か、と思えば、諫めるより先に淋しさが頭をもたげてきてしまう。

皆と一緒に出たコンクールや演奏会、全て昨日の事の様に思い出す。

「…卒業旅行でもしようか」
ああ…えーと…何だろう、話の流れ的に、ここはどう答えるのが正解なんだろう。
「イイですね、楽しそう!皆で旅行なんて夏合宿以来!」

「二 人 き り で」

不正解。

間髪入れずに低い所から告げられたそれは、確かに聞き間違いなんかじゃなくて、その証拠に今まで外の流れる景色を見ていた柚木先輩が、不機嫌な顔をこちらへ向けた。
「…お前さぁ…俺があいつら誘って何の得があると思うわけ?それとも何?牽制したつもり?」
呆れた様な溜息の次の瞬間には、泣く子も黙る極上の微笑みを湛えていた……

「勿論、断らないよね?」

……はい……






柚木×香穂子


夜半の寝覚、月灯り
Yoha no nezame,Tuki-akari



こうして短い冬休み、私は柚木先輩と旅行に行く事になった。表向きは"コンクール出場者によるお疲れ様会"、親に初めて吐いた嘘。

出発の朝、いつもの様に車で迎えに来た先輩は、見送りに玄関まで出たうちのお母さんにあのスマイルでこう言った。
「それじゃ、香穂子さんお預かりします」

……間違ってはいない。嘘でもない。
お母さんはすっかり気を良くして宜しくお願いしますとか何とか言ってたっけな……

「お前、何て言って来たの」
駅へ向かう車内で、柚木先輩はからかう様に私の顔を覗き込む。
「コンクール出た皆で…その…」
「やっぱりな。しかし良く信じたな、お母さん」
「あ、それは昨夜、冬海ちゃんにウチに電話して貰って…」
「冬海さんが?…意外な協力者だな…」
「べ、別に先輩と旅行だなんて言ってませんよ!」
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