撫子
□海上眺望
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わたの原
漕ぎ出でて見れば 久方の
雲ゐにまがふ
沖つ白波
──藤原忠通
遙かなる時空の中で 4
サザキ×千尋←カリガネ
海 上 眺 望
……閉じた目蓋の裏側が赤い。夏の陽の熱。
時折吹く風が、船の帆をばたばたと叩いてゆく。
大きく息を吸えば、潮の香りが胸一杯に拡がって、サザキは満足気に寝転ぶと甲板に足を投げ出した。
「やぁ〜〜〜っぱ海は最高だなァ」
頭の下で手を組み、ぼんやりと空を見上げる。
海に筆を浸して描いたような、澄み切った青空。
水天一体。
……もう一度目を閉じ掛けたところへ、聞き慣れた声が耳に飛び込んで来て慌てて半身を起こす。
「だから、お願い!」
「……と言われても」
千尋とカリガネの声だ。
何処だ?と姿を捜すが見当たらない。
あいつらヒトのいない隙に何を……
「…千尋、それは駄目だ」
「カリガネじゃなきゃ駄目なんだってば!」
……今、聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。
青ざめたサザキは思わず自分の胸に手を充てていた。
考えてみれば、船を手に入れた嬉しさと勢いで後先構わず千尋を拐って来たものの、なんだかその事に満足してすっかり忘れていたのだ。
千尋がこれからどうしたいのか。
…いや、肝心の千尋の気持ちすらまともに聞いた事があっただろうか…なんとなく、そうなんとなく流れ的に一緒にいるが、きっと姫様不在の豊葦原では大変な事になっている筈で、その事に千尋は胸を痛めているかも知れない……一緒に来た事を、後悔しているかも知れない。
彼女には翼がないから、逃げられないだけで。
「つーかコレでもし"あたしカリガネが好きなの!"なんて言われた日にゃあ俺はショック死すんな」
……先刻の笑えない状況に、サザキは唸って頭を掻いた。
空だの海だの眺めて昼寝なんぞしている場合ではなくなった。
かといって、千尋に直接訊くのは恐すぎた。
太陽に向かって高く飛ぶ事も、涯のない海をこうして巡る事も、あの日無我夢中で駆け回った常世すらも恐れた事はなかったのに。
こんなに大切になってしまった誰かに「さよなら」を告げられるかも知れない恐怖を前に、サザキは黙って立ちすくむしかなかった。
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