撫子

□最君憶
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恥じらい俯く真白き姿
風に揺れる三枚の羽
あれは 天つ乙女の涙の雫


紺碧の昊(そら)を仰いで
私は貴女を追い掛ける
触れ合えはしないから
底に秘めたる眼差しで


未だ来ぬ春への希望を胸に
貴女は独り頬杖をつく
を待つ草 その花言葉は



"初恋の溜息"








楸瑛→玉華

最 君 憶
I think of you,I think.







楸瑛さんが鬼よ。


そばかすだらけの貴女の笑顔は、日向の匂い。


雨上がりの夏の朝、青い湖面に乱反射した光を浴びて、きらきらと、一層眩しく映るから……子供の私は睫毛を伏せてしまう。

貴女が父の妾候補として藍家にやって来て、1年と少し。
私がまだ10歳で、貴女は20歳の頃だった。


「鬼……って、何を…」
「今日はかくれんぼよ。50まで数えてね」
彼女は言うや否や何処ぞへ駆けていく。

珍しく続いた長雨が上がった翌日、折角の上天気が勿体無いからという理由だけで、彼女は私を共犯にして屋敷を抜け出した。

彼女が藍家に来たあの日から、こんな風に二人で遊びに出掛けるのはしょっちゅうで、私はそれが楽しくて、彼女が義理の母になる為に此処にいるのだという事など何処かへ吹っ飛んでしまったくらいに……繋いだ手が温かくて、ただ、嬉しくて。

だが、彼女を妾として連れてきた割には父からちっとも「お呼び」が掛からないのは何故だとか、そもそも州都本邸ではなく我々直系兄弟が好んで使っている、この竜眠山の小さな館に彼女がずっと居るのは何故だとか、三人の兄がそれらについて何も言わないのは何故だとか……見過ごせない疑問は色々あったのだが、平穏で幸福な毎日の所為で気付かなかった。


そう、気付かなかったのだ。
私はまだ幼かったから。



「かくれんぼったって、隠れる場所なんかないのに……」

館の建っている場所は山の上、である。四方を囲むのは夏でも雪冠を戴く山々、辺りは野っ原か湖。
それでもきっちり50を数えたのち、楸瑛は玉華を探して歩き出す。



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