撫子

□愛の夢
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静かに、

柄にもなく愛を奏でる俺は
きっとどうかしちまったんだろう
それもお前に聴かせる為なら
まぁ悪い気はしないけど

笑わずに聴いてくれ
俺の想いをどうか
今はただ


ただ、静かに






土浦×香穂子

愛 の 夢
Liebestraum





「おっと、」
脇に抱えていた楽譜が滑り、危うく落とす寸前でキャッチする。
良かった、紙が折れたりしなくて。

放課後に練習室の予約を入れるのも、なんだか日課になっちまった。
今日の部屋番号を確認するついでに明日の予約を入れようと、シャーペンの芯をノックした途端、背後から後頭部に軽いチョップが飛んできた。
……俺にこんな事をしてくる奴は大体想像がつく。「あいつ」か佐々木だ。精一杯不機嫌そうに振り向いてやると、普通科"男子"の制服が目に飛び込んでくる。

「よっ」
「……なんだ佐々木かよ」
「悪かったな、俺で」

仏頂面した佐々木は、ジャージの入ったスポーツバッグを肩から提げていた。
俺は腕時計に目をやる。

「これから部活か?」
「ああ、土浦は?ピアノ?」
「……ああ」
「じゃさ、窓開けてくんない?」
「はぁ?」
「グラウンドまで聴こえてくんだよ、ピアノの音」
「……それが?」
「うん、俺さ、お前の音聴きながら練習すんの好き」
「…………つーか、いいのか?こんなとこで油売ってて」

佐々木も自分の腕時計に目を落とすとヤバイという顔をして、じゃあなと背を向け一目散に廊下を走り出した。そりゃそうだ、もう部活が始まるってんのにまだ着替えてもいない。
階段下から学年主任の「廊下を走るな!」という怒鳴り声が聞こえる。ま、急がず焦ろよ、佐々木。


予約していた練習室には、前に使用していた生徒が女子だったのか、甘い香水かコロンのような香りが残っていた。眉根を寄せた俺は、佐々木に言われるまでもなく窓を開ける。
窓下に拡がるグラウンドでは、サッカー部の連中が既にストレッチを始めていた。佐々木の姿は案の定まだない。

「お前に聴かせる為に弾いてねぇっつの」

俺は譜面台に楽譜を立てると、静かにグランドピアノの蓋を開けた。





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