撫子
□Passacaglia
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なんで女って「私の事いつから好き?」とか聞いてくるの
わかんないって答えたら、なんで俺怒られなきゃならないの
じゃあそういうアンタは俺のどこが好き?
答えられないなら俺怒るからね
ねぇ、香穂子
俺の全部が好き?
衛藤×香穂子
Passacaglia
パッサカリア
「最近さぁ……」
廊下で背後から急に話し掛けられた土浦は、ぎょっとして振り向いた。
声の主は、三年に上がる際、音楽科への編入を決めた土浦と香穂子に一緒になってくっついて来た加地だ。
加地は音楽科の制服も良く似合っていて、卒業した柚木や留学した月森が不在な星奏学院で、女子からの人気を独り占めしている。
「……音もなく近寄るな」
「声掛けたじゃん」
「何の用だよ」
「別に用なんかないよ」
「声掛けただろ!"最近"何だよ!」
「独り言みたいなものだよ、気にしないで」
加地は廊下の窓枠に肘を付き、これ見よがしな深い溜息を吐いた。
……以前から土浦は思っていたが、加地は土浦を苛々させる天才かも知れない。加地の"これ"は半分計算だと理解しているので、天然な月森より質が悪いのだ。
面倒くせぇと思いながらも土浦が加地の言葉を待ってやると、加地は窓の外の遠くを見ながら、ぽつりぽつりと切り出す。
「……最近、放課後になると香穂さん消えちゃうんだよね」
「………やっぱ日野の話かよ」
「三年になってクラス離れちゃったから、何だか前より寂しいっていうか切ないっていうか」
「知るか馬鹿」
「そうなんだよね……恋は人を"馬鹿"にするんだよ。やな病だな」
加地と土浦の背後を、沢山の生徒が行き交う。廊下に溢れる制服の色はまばらだ。
以前あった普通科と音楽科の間の隔たりのような独特なあの空気は、確実に薄らいでいると実感出来る。
新入生の知らない、あの一年間。
いつも一緒にいたからこそ、仲間が千々に離れた今となっては全てが夢だったように思えて……寂しくなる。
「……大体それを俺に言ってどうすんだよ。慰めたりしねぇぞ」
土浦は低く呟いて、教室へと戻ってしまった。
「………まぁ……そうなんだけど」
独り残された加地は、長い睫毛を伏せて再度溜息を吐いた。
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