漆黒
□EINSAM
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記憶の底にある様な
すぐ其処にある様な
少年の日々
夏草の匂い
素足に感じる白砂の熱
駆け出したキミ
真昼の太陽
こんな事を今更になって想い出すなんて、
キミは嗤うかい?
トリニティ・ブラッド アニメ化マンセー企画第3弾/ラドゥ編
E I N S A M
「早く来い、ラドゥ!」
「前見ないと転ぶぞイオ…ってホラ云ってる傍からキミときたら」
砂浜に顔から突っ込んだイオンを立たせると、私はその砂だらけの頭を軽く払ってやった。
「怪我でもしたらどうするんだ。…またモルドヴァ公に叱られるぞ」
「むぅ……」
口を尖らせた幼馴染みは、照れた様に笑った。
長生種と云えど、生まれつき寿命が長いという事はない。
覚醒するまでは外見的に成長もするし、普通に歳も取る。銀も、紫外線も、この身体を蝕む事は出来ない。真っ昼間に防御壁の向こうへ漕ぎ出でて、何処迄だって進んで征ける。
イオンとなら、それは、きっと、楽しい。
短生種となんら変わりはなかった私達の生活は、唐突に終わりを迎える。
……そしてそれは、イオンの方が早かった。
「流石は若さま。帝国-ツァラ-きっての名門貴族子爵であらせられますな」
「血統でしょうな。モルドヴァ公も確か14、5歳でしたかな…爵位は母方のメンフィス伯爵を継承なさるとか」
帝都ビザンチウムにある大諸侯モルドヴァ公爵ミルカ・フォルトゥナの屋敷では、孫であるイオンの為にパーティが開かれていた。
"覚醒"を迎えたイオンには爵位が与えられ、祖母であるモルドヴァ公同様、皇帝陛下-アウグスタ-の側近として枢密院-ヴォルマーン-で公務に就く事が既に決まっている。
ゆくゆくは宰相…皇帝陛下の近臣として帝国の為に尽力する、輝かしい将来が約束されている。
「……ラドゥ!」
部屋の隅にいた私を見つけて手を振ったイオンが、人波を掻き分ける様にしてこちらへ近づいて来る。
「どうしたラドゥ?そんな隅にいないでそなたも余と共に来い、諸侯に紹介してやろうぞ」
「私は遠慮しておくよ。今夜はキミが主役だろ」
「臆する事はない。そなたと余は乳母が同じ、即ち兄弟みたいなものじゃ。堂々としておれ」
内心を気付かれない様に笑顔を作った私と肩を並べたイオンは、ホールの中央に視線を向けている。私はその少女とも少年ともとれる透明な横顔を見つめた。
「……は、もう…」
「ラドゥ?」
「なんでもない。ホラ、モルドヴァ公が呼んでいるぞ」
「あ、ああ、すまぬ」