漆黒

□Langen torpedos
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Wir sind nichts.Was wir suchen,ist alles.
─holderlin




ディート&ケンプファー祭


Langen torpedos






……アルビオン王国・首都ロンディニウム、ランガムホテル303号室。

窓下のリージェント・ストリートを行き交うテールランプの赤い灯が、霧に流れて残光を放つ。
「うん、やっぱり超一流ホテルでするお茶は格別だね。イザーク、君も飲んで御覧よ、香りが違うんだから」

窓際に立っていたこの部屋の宿泊客は、先程から訪れていた客人に声を掛けられ、漸く向き直った。
「君はコーヒーを飲みにわざわざロンドンまで来たのかい?"人形使い-ディートリッヒ-"」
「……まったく皮肉の通じない男だね。なんだって客の僕が自分でお茶をいれてるんだよ?…ま、いいさ」

座っていたソファに背を付け、あからさまに眉根を寄せた客人─ディートリッヒは、片手に持ったカップ&ソーサーを目の前のテーブルに置くと、何処から取り出したのか、クリスタルで出来た四面体のキューブを窓際にいる黒ずくめの男に投げて寄越した。
受け取ったこの部屋の宿泊客─ケンプファーは、光らない双鉾でキューブを一瞥したのち、僅かに口唇の端を上げた。
「やあ、間に合ったようだね」
「当たり前だよ、僕を誰だと思ってんのさ。あんな旧いサンプル置いてかれてさ、この解除プログラム作るのに他の事全部後回しにしたんだから、もっと労って貰ったってバチは当たらないよ」
同僚に抗議をしたディートリッヒは、飲みかけのエスプレッソを口に運んだ。と、不意に何かを思いついたのか、その秀麗な容貌をケンプファーに向けて、穏やかに微笑んだ。

「ねぇイザーク、キミどうしてロンディニウムを"ロンドン"て呼ぶんだい?」
「おや人形使い、君、仕事が山程あるのではなかったのかね?」
「後回しにした他の事全部っていうのが仕事とは限らないじゃないか。…今、僕としては質問を質問で返された事の方が問題だよ」

大仰に肩を竦めて見せたディートリッヒに、ケンプファーはやれやれと言いたげな表情のまま、ディートリッヒの座っているソファまで歩み寄ってきた。ディートリッヒは脇息に肘を付き、人の悪い笑みを浮かべながら長い足を組み替える。

「……人形使い、君は私を暇潰しにでもするつもりかい?」
「退屈凌ぎって言ってよ。だって気になるじゃないか、そんな大災厄-アルマゲドン-前の、それこそ数百年前の呼称をいちいち持ち出すなんてさ」

ソファとはテーブルを挟んで右側にある一人掛けに腰を下ろしたケンプファーは、漆黒のスーツの内ポケットから取り出した細葉巻-シガリロ-に、静かに火を点けた。
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