漆黒

□Mare Tranquillitatis
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L'amour,c'est beaucoup plus que l'amour.
──Jacques Chardoune







「……では次の入植者達の到着時刻は明日未明という事で宜しいですね、シュライト中尉?」
「はい。先程、国連開発局から通信がありました。ナイトロード大佐にも報告済です。月面基地出発前に"タクシー"のエンジントラブルもあったようですが、今は順調に渡航している模様。此方も予定通り帰還準備を進めております」
「そう……じゃあ貴女ともお別れね、エリッサ」
「……またいつか逢えるわよ、リリス」





火星植民団編/愛三部作@


Mare Tranquillitatis
caseT.Lilith Sahl






「じゃあ今夜は盛大なパーティを開きましょうか」

紅茶色の長い髪、額に深紅のビンディーを差した褐色の肌、金色の瞳、白い隊服を纏った細面の女性─リリス・サールは、別れの物悲しい雰囲気を払拭するかのように、音を立てて掌を合わせた。

傍らに佇むエリッサ・ダル・シュライト中尉は、上司であり友人でもあるリリスを、知的美に溢れた面差しで微笑み返したが、小さな通信音に気付きイヤーカフに指を充てる。

「……どうやらパーティはお預けよ、外で揉め事が起こってるわ。ナイトロード中佐みたいね」
「また!?」

リリスは大きな溜息を一つ吐くと、腰掛けていた椅子から立ち上がり、飲みかけのペリエを一気に煽った。
「今度は何をやったのかしら」
「……気苦労が耐えませんわね、ドクター」

苦笑するエリッサに肩を竦めたリリスは、指揮を取る医療班に連絡を入れ、早足で部屋を後にした。









火星。
酸化鉄を多く含んだ赤い大地、巻き起こる砂嵐に空は薄紅に染まり、荒涼たる不毛の地。
爆発的に増えた地球の人口対策として、人類は火星を新たな"楽園"に選んだ。

歳月を掛け月面基地を施工し、地球から月へ、そして月基地から火星への渡航を可能にした。
国連は火星の環境を人工的に改造し、地球型生命体の定着出来る世界に変える為(テラフォーミング)、火星植民計画-レッドマーズ・プロジェクト-を企画。

テラフォーミングが発案された当時、国際宇宙ステーション(ISS)同様、宇宙における人間が通常可能な滞在期間は、2・3年が限度だった。
そこで国連開発局は、レッドマーズ・プロジェクト発動の為、神の領域たる被遺伝子操作体の研究・開発に着手する。長期に渡り火星の指導者たるべく、老化を抑制し延命に至るまでを遺伝子調整、科学的にこれを生成した。

こうして最初の試作体が南アジア共同体の手で創られ、神が造った最初の女から、リリス、と名付けられた。
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