漆黒

□Mephistopheles
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Es irrt der Mensch,solange er strebt.
─Goethe



暴君なき君主制
暴挙なき民主主義
奢りなき裕福さ



数多の昏い夜と白い朝
かつて銀の都たる彼の地にて
北方の魔術師は説く

若きファウストよ!我が意のままに踊れ
さすれば広大な世界の総てを与えん
汝が森羅万象を照らす
永久に褪せぬ



ケンプファー外伝


Mephistopheles






──1770年 春

神聖ローマ帝国、自由都市・シュトラースブルク

シュトラースブルク大学構内



……ノートルダム大聖堂の鐘の音が聞こえる。低く、高く、繰り返し。
僕は誘われるように外へ出て、緑茂る芝生の上で仰向けに寝る、そう、死んだように目を閉じる。

あれは弔いの鐘の音。
尚も響き渡る、甘美な天の歌声………


「わっ!」

突風が、僕の掌から紙束を巻き上げた。青空に散った羊皮紙は、芝生の上だけならまだしも、噴水の中にまで散乱する有様に。僕は通行人の目を気にしながら、慌てて回収する。

「……"甘美な天の歌声"」

どきりとして顔を上げると、僕の散らかした紙を片手に男が立っていた。


肩で切り揃えられた漆黒の髪、些か白すぎる容貌に、刃物の様に薄い口唇、一重目蓋に納まっているのは、光彩のない黒い瞳。
年齢は20代半ば…僕よりも5つ6つ上だろうか、白ブラウスにジャケットを羽織っているのは僕も同じなのに、何処かの貴族の子爵の様な上品さと気高さが伺える。

「失礼。飛んできたものだから」

彼は僕に紙を差し出した。僕は恥ずかしさのあまり奪うような形で引き取ってしまったが、彼は別段怒る風でもなく、口唇だけで笑みを造った。
「詩は人類の母国語だからね。それとも小説かね?」
「こ…れは単なる悪戯書きで、詩なんてそんな大層なモノじゃあないし、ましてや小説など」
「ふむ」

彼は僕に興味を失ったのか、あちらを向いてしまったので、そのまま何処かへ行ってしまえばいいのにと思いながら、僕は噴水に手を突っ込んだ。

「ところで君は学生さん?よければ私を講堂まで案内しては貰えないだろうか」

その人は、糸の様に細い葉巻を取出し火を点けた。
「……講堂?貴方は先生でいらっしゃいますか?」
僕が尋ねると、彼は空を仰いだ。吐き出した紫煙が青空に吸い込まれ掻き消えてゆく。


「私は光を愛せざる者」


男はゆっくりと口角を上げ、光らない瞳で僕を射た。


「常に悪を欲し、常に善を成す…あの力の一部分だよ」









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