漆黒

□L E T H E
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20000 HIT キリリク作品


ぞっとするステュクス
死のような憎しみの流れ

黒く深い悲哀の河
いたましいアケロン

恨めしい流れの畔に聞こえる高声の
悲鳴からその名を得たコキュトス

ほとばしる火の滝が
怒りに燃えるプレゲトン

この水を飲むものは
前世の様も存在も一瞬にして忘れ
喜びも悲しみも 楽しみも苦しみも 総て

忘却の彼方へ 消しさってゆく



―Henry Wadsworth Longfellow『オリオーンの掩蔽』





ラドゥ・バルフォン番外編


L E T H E








ざらざら。

底の浅いグラスに沈殿した阿片を、人差し指で悪戯に掻き混ぜる。粉末はくるくると白い線になって漂い、やがて溶けて水を濁らせた。
指を引き抜いたイオンは、そのままぺろりと舐めると眉根を寄せ、グラスの前で頬杖を付いた。
まだ戻らない友の机上のそれを、まるで小さな水槽でも眺めているかの様だ。

「……ヒトの部屋で何してるんだい、イオン?」

小さな溜息と共に聞こえてきたのは、穏やかなテノール。
翳りを含んだ美貌、青い髪をうなじで束ね、戸口で腕を組んでいる。
「悪いが遊んでやってる暇はないよ?」
彼は青銅色の瞳を僅かに伏せると、イオンの前からグラスを取り上げ、ベッド脇のキャビネットの上に置いた。
「勝手に阿片まで入れて……いくらなんでも多過ぎやしないかい?」
「別に余が飲むワケではない。汝こそ、水-ウィタエ-を置いたまま今まで何処に行っていた、ラドゥ」

イオンの表情は険しい。隠し事をされるのが嫌いなこの長生種は、幼馴染みに時折黙って居なくなられるのが嫌らしい。
そういえば今日はイオンの屋敷で食事を摂る約束をしていた事を思い出し、ラドゥはばつが悪そうに頭を掻いた。
「ああ……すまないね。すっかり忘れていたよ」
「やはりな!どうせ汝の事じゃ、水だけで済まそうとしていたトコロに呼び出しが掛かりそのまま出て行ったのであろ。それならそうと連絡の1つくらい入れられぬのか?」
「…はは、すまない…忙しいんだよ、本当に」

脱いだ寛衣-ドルマン-を無造作にソファへ放り、言い訳をしつつも可笑しさが込み上げてくるのを、ラドゥは止められなかった。これではまるで"帰宅の遅い旦那を責める新妻"である。解っているのかいないのか、イオンは構わず喚き立てる。
「直轄監察官-カマラーシュ-の務めを果たすのは当然なれど、それにしても最近は立て続けに外出しておらなんだか?一体何が起きておるのじゃ、申せ」
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