漆黒
□Lebensfaden
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彼らは禍いである
彼らはカインの道を征き、利の為にバラムの惑わしに迷い、コラの様な反逆をして滅んでしまう
彼らは風に吹き回される水なき雲
枯れ果てて抜き捨てられた秋の木
海の荒波、さまよう星
彼らには漆黒の闇が永久に用意されている
愛する者たちよ
彼らを憐れみ、炎の中から引き出して救っておあげなさい
精霊の御名を以ちて貴方がたを守って下さる方、
即ち、
私達の救主なる唯一の神に
栄光、大能、力、権威が
私達の主によって世々の初めにも今も
また、世々限りなくあるように
エィメン
──ユダの手紙『新約聖書』
ディートリッヒ外伝
Lebensfaden
ホルマリンの匂いが立ちこめる暗い室内、手元の灯りに黒い人影がゆらりと揺れた。
顕微鏡を覗いたその顔は、端正だが何処か造り物めいていて表情に乏しい。
彼は暫らくレンズに目を充てていたが、ふと背後の気配に気付き、死人のような白い容貌をそちらへ向ける。
ラボの入り口に立つ少年を見るや、刃物のように薄い口唇を僅かに緩めた。
「……危ないから此処へは近づくな、と云った筈だがね」
やれやれと肩を竦めた"魔術師"は、頭髪を掻き上げた白い手袋で戸口の小さな影を手招きした。
ぱたぱたと足音が近付き、やがて灯りの下に少年の顔が浮かび上がった。
柔らかな鳶色の髪は上質の絹を思わせ、同色の瞳は硬質の貴石の如く煌めき、まるで大理石に彫刻を施したかのような容貌は、見る者全てを魅了する天使そのものであった。
"魔術師"は静かに問う。
「退屈かね?」
「死にそうだよ」
淡い口唇を尖らせた少年は、顕微鏡を指しながら傍らの男を見上げた。
「何を見ていたの」
「これかい?…御覧」
黒衣の男は少年の背に優しく触れると顕微鏡の前に立たせ、覗くよう促した。
「XYY症候群と云ってね、男性遺伝子のY染色体が常人よりも1本多い」
「多いとどうなるの?」
「知能未発達や精神疾患…攻撃的だったりするね」
少年は短く、ふぅん、とだけ呟いた。
"魔術師"は細葉巻を取り出して火を点けると、暗闇に向けて紫煙を細く吐き出し、死魚の瞳で少年の横顔を見下ろした。