漆黒
□G E I Z -greed-
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我はアトランティスのトート
神秘の精通者、
記録の看守者、
力ある王、
正魔術師にして
代々生き続ける者なり
──『Emerald Tablet』Muriel Doreal
666,NUMBER OF THE BEAST
02:Isaak Felnand von Kampfer
G E I Z -greed-
父は私が生まれる三ケ月前に死んだ
母は私を産んだ二年後に男と逃げた
──西暦1665年 冬
イングランド・リンカーンシャー州
ウールスリープ村
その年のロンドンは、ペストの流行により死者7万人を出していた。
鼠に付く蚤を媒介に繁殖をするペスト菌は、血液で全身に回り、皮膚に出血斑が表れる様が黒痣に見える事から、「黒死病」とも呼ばれている。
この危機にロンドンの大学は相次いで閉鎖をし、ケンブリッジのトリニティ・カレッジに通っていた私もまた、生まれ故郷であるウールスリープ・カールスターワースへと避難を余儀なくされた。
「君のことだ、ひがな部屋に籠もって研究が出来ると内心喜んでいるんじゃないのか、アイザック」
私より4つ年下のライプニッツは、カップ&ソーサーを片手に私の部屋をぐるりと見回した。
「……喜ぶだなんて酷いな、研究は何処でだって出来るって事が言いたかったんだけどね」
「微分積分学については僕も譲らないからな…って、この本の山は何だい?」
「あまり触らないでくれたまえよ、ライプニッツ」
紅茶を啜りながら部屋の中を歩き回る彼に、私はややうんざりしながら注意を促す。ライプニッツはからかう様にその中の数冊を指して笑った。
「数学者であり科学者の君が、錬金術や宗教哲学に傾倒するのは何故?」
私はそんな彼に構わず机上の整理をしながら、溜息をひとつ吐いた。ライプニッツを見れば、片眉を上げて私の返答を待っている。
「……科学を証明するのは非科学だ。自然哲学を数学的に解明出来たら、世の中引っ繰り返るとは思わないかい?理数系が精神論を語るのは滑稽かも知れないがね、本当はどっちだって構わない。私はただ真理に辿り着きたいのさ、ライプニッツ」
私は彼から本を受け取り、その背表紙を指先でなぞった。
「プラトンは私の友、アリストテレスは私の友、だが最大の友は真理だ」
私の言葉に肩を竦めて見せたライプニッツは、今思い出したという顔をして人差し指を立てた。
「そうそう、君の新説ね、なかなか面白かったよ。詳しく聞こうと思って今日は訪ねて来たのさ」