千歳

□桜花乱舞〜四〜
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束の間の幸福と割り切ってはいたものの、次第に浩二郎の心まで欲しくなるRicky。
未だ彼の胸を締め付ける「陽炎」の存在に、Rickyと浩二郎の運命は急転してゆく……






桜 花 乱 舞〜四〜





江戸城からそう遠くはない北町奉行所。
「お白州で肩腕出して啖呵切り」というイメージのお陰で、裁判や警察の仕事という印象だが、実は行政なんかも司る。
浩二郎は此処に仕える同心、つまり現代で言うなら役所のヒラ社員である。
江戸市内や大阪・京都の人口調査などが仕事の大半だった。

今日も、統計を改帳に記すという作業を真面目にこなしていたが、同僚が1枚の姿絵を浩二郎の眼前に突き出した。

「上野、これ知ってるか」
彼は浩二郎と陽炎に起こった事全てを知っている。
浩二郎にとっては同僚であり、良き友である。
浩二郎は姿絵を受け取ると息を飲んだ。
「神吉…これ何処で…」
「そこに描かれてんのは陽炎やんな。日本橋で売られとった。…あいつ死んだよな?生きてんのか?」

浩二郎には返す言葉がなかった。
別人だとは解っていても、もしかしたら陽炎が戻って来たんじゃないかと…こんなにも想い続けたから、奇跡が起きたのではと…そう思いたかったからなのかも知れない。

確かにこの手に陽炎の亡骸を抱いたのに、だ。
浩二郎は自嘲った。

描かれている姿絵の美情夫は、どれも見覚えのある振袖だった。
さらには、その髪の色、である。

「なぁ上野…町中じゃ陽炎の噂で大変な事になっとるで。そらそうや、一流の役者やったんやから。この絵の人物が…陽炎であってもなくても…ヤツは絶対嗅ぎつけて来る。もし今お前んトコに居るんやったら…気ぃ付けや」
神吉の言葉をじっと聞いていた浩二郎の双眸に、暗く蒼い火が灯った。
幽幻の境を彷徨う恋人を追うかの如く、視線を宙に漂わせ口唇を咬んだ。

握り締めた拳の中の『陽炎』は、首を傾げて艶やかに微笑んでいた……



「おかえりなさぁい!」
夜になって、浩二郎さんが仕事から帰って来た。
「今日は遅かったね、忙しかったの?…って何か酒くさいんだけどっ」
僕が早口で捲くし立てても返事がない。
「ど…どうしたの?何かあったの…?」
浩二郎さんは羽織を無造作に放ると、そのまま布団の上に倒れ込んだ。
恐る恐る近付いてもう1度聞いてみる。
「ねぇ何があったの?…大丈夫?」
彼は背中を向けたままこう告げた。

「1人で外には出るなよ」

…静かに、でも絶対命令の様な低くて恐い声だった。
「う、うん…。あっ!」
急に彼は僕の腕を引いて布団の上に倒し、体重をかけて押さえ付けた。
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