千歳

□桜花乱舞〜六〜
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突如、忽然と姿を消したRickyに対し、不安の中に確信を抱いた浩二郎は、もう2度と同じ過ちを繰り返すまいと決心を固めた。
過去の恋人の幻影ではなく、今最も大切な存在にある彼の名を呟いて……
一方、Rickyは──





桜 花 乱 舞〜六〜





目を覚ました時、何処かの部屋だという事以外は何も解らなかった。
当て身をくらい気を失って、何処かへ運ばれたらしい…僕の両手は後ろ手に括られて不自由だったし、口には猿轡をされていたので声も出せない。
目だけを闇に凝らして、辺りを探った…どうやら宿屋らしい。
窓辺へ寄ろうとした時、音もなく襖が開いた。

「気が付いたか」

入ってきたのはジェロニモだった…正しくは相田か。
「もう2、3日は旅籠を移動しながら西へ下る。下手に逃げようとしても手形がなきゃ関所は通れんからな。おとなしく…」

僕は彼の話もそこそこに、思い切り足で蹴り上げてやろうとしたんだけど、逆に足を掴まれて畳に引っ繰り返ってしまった。
「むぅっ!」
「おとなしくしてれば危害を加えるつもりはない。だが抵抗するようなら容赦はせんぞ」
彼はそう言って僕の足首を捻った。
痛さに顔をしかめ、身を捩る。はだけた着物の裾に彼が目をやった。
「…下帯は付けんのか?遊女気取りか」
そう言って彼は僕の抜き身に手を伸ばして掴んだ。
「んぅ!」
「あの同心と毎晩仲良くしてたらしいが…今夜は残念だったな」
そう言いながら擦り上げてくる。
「…っ…!」
「安心しろ。俺はお前みたいなガキには欲情せん」
吐き捨てて僕自身からも手を離す。
安心すると同時に、虚しくそそり立ち始めた部分をどうにかしたかった。せめてこの手が自由であったなら…相田はそんな僕を一瞥して部屋を出ていった。

灯り一つない部屋。
僕は溢れる涙を懸命に堪えた。
神吉さんが忠告しに来たのは今日の昼間だった。浩二郎さんはどうしているだろうか…僕がいなくなって驚いているに違いない…

どうか彼が無茶しませんように…僕は彼が仕事の話をする瞳が好きだった。
上がる口唇の両端も、その口唇が僕の頬に触れるのも…僕なんかの為に全て投げ出していいわけがない。そんな事をさせてはいけない。
僕は…僕は陽炎ではないのだから…そこまで考えた所で、今度は急激に恐ろしくなった。
もし彼が…僕をあきらめたら…?陽炎ではないから、と僕を見離したらどうしよう…助けに来て欲しくない、助けに来て欲しい。
僕の事を忘れてくれればいい、忘れてなんか欲しくない、また力強く抱き締めて欲しい…!

裏腹な感情が涙になって溢れてきた。
朝が来るまで、声を出さずに、泣いた。





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