千歳

□桜花乱舞〜拾〜
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紀伊では八尋が着々と準備を進め、知らせを受けた浩二郎は安堵と共に不安を抱く。
それは自らの激情に押し流されまいとする葛藤でもあった。
そしてRickyは、吉田の中に深い哀しみを見付け、言い表わせない感情に戸惑いを憶えるのだった……








桜 花 乱 舞〜拾〜





──宵闇に白く浮かび上がる美しい城。
満開の桜を両脇に従え、文字通りの花道が舞台に備えられている。
惜し気もなく焚かれた篝火。薪のはぜる音。風は、ない。
上手側に諸大名を並べさせ、紀伊城主・松平頼正は中央の高い位置に座した。
下手には八尋と、紀伊の家来達が控えている。

観桜の宴。
平安から続く貴族の雅び事である。

こうして舞台を見渡せる位置に席を儲け、花を肴に酒を酌み交わす。
杯を口に運びながらも八尋は周囲にそれとなく目を配る。
離れた場所で桜の蔭になる吉田は、幾分酔いながら諸藩主と話込んでいるが、身体から太刀を離す素振りはない。
(貍め)
すっと目を細めた紀伊の狐は、自分の傍近くに控えている1人の武士を振り返った。
俯き加減で膝を付き、なるたけ気配を消していた。
八尋はそれを確認すると、城主の頼正に進言した。
「今宵は美しい桜の精の舞が御覧頂けましょう」
頼正は頷いて杯を煽った。
「伊予からだったな。風流な事よ」
「では」
八尋の合図に、笛の音が答える。

舞台両袖から、山吹の袿(表は薄朽葉、裏が黄色/春の装束)に身を包んだ小姓達が足早に中央へと集まる。
笛や鼓に合わせ、一糸乱れず艶やかに舞うその様は大変愛らしい。
舞台中央でゆっくりと円を描き、やがて輪が離れまた袖へと消えていく…中央に立つ2人だけを残して。

二人共後を向いて微動だにしないが、それが尚更神秘的な効果を呼ぶ。
曲が変わった。
宏三郎はゆっくりと振り返る。次いで陽炎が…Rickyが振り返った。
二人の衣裳はどちらも花桜の襲で、宏三郎が表が白に裏が紅、Rickyが表が白に裏が青である。
二人舞が始まった。
宏三郎に半歩遅れで後を追うRicky。Rickyが影の動きとなり、二人の舞はまるで、花弁が風に乗って散り行くかの如くに見えた。

吉田はぼんやりと、[陽炎]が[かげろふ]、つまり影になる、という意味を持っていた事を考えていた。
炎の様に揺らぎ続け、掴む事が出来なかった幸福を幻と捉えた、そんな自分は影の中に生きているのだと…陽炎は以前こう言っていた。想いが込み上げる。全く同じ事を、別の人間も考えていた。浩二郎であった。
従者に扮した浩二郎は、八尋の背中越しにRickyを見ながら、胸に押し寄せる切なさに息も出来なかった。
……風もないのに、桜の散る音がする。
はらはらと散り、やがて動けずにいるこの身に降り積もり、全てを埋め尽くしてしまう。そうなる前に彼を捉まえたかった。
自分を幾重にも覆う陽炎との思い出から這い出し、今、あの場所まで駆けていき、ありったけの力で抱き締める事が出来たら…浩二郎は酩酊感の中、そっと目蓋を閉じた。
振り払う様に、焼き付ける様に………





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