撫子

□夜半の寝覚、月灯り
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「解ってるよ、どうせ一昨日はお前から冬海さんに電話を掛けて、"明日また電話しようよ"とかなんとか言ったんだろ。なるべく親に取り次がせ、話の内容はくだらないお喋りだ。冬海さんは利用された事を知らないし、親には旅行の件だったと言う」
「な、何故それを…!」
「ったく、これじゃ俺が何の為にさっき挨拶したんだか…」
「え?それは私の拙いアリバイを見越して、信憑性を高める為なんじゃ…」

台詞半ばで私は息を飲んだ。柚木先輩が、膝に置いていた私の手を握ったからだ。けれど視線は窓の外。
「俺は挨拶したかっただけ。お宅の大事な娘さんを、二泊も預かるのはこの男です、覚えといて下さいってね」

…どうしよう。
捉まれた手が燃えてるみたいに熱を放つ。顔も上げられない。
こんなんで二日間もつんだろうか、私の心臓。



駅で車を降りると、柚木先輩は私の荷物を持ってすたすたと歩き出す。
そういえば私、行き先をまだ聞いていない。
「ところで先輩?私達何処へ向かってるんですか?」
「……もっと早く聞きたかったよ、その質問。罰として教えないけどね」
「車で迎えに来たからてっきりそのまま車で向かえる場所だと…運転手さんに"駅で下ろして"って先輩が言ったんで、ちょっとびっくりしたんです」
「お前との旅行に運転手付きなんて冗談じゃないよ…ていうか、いい加減やめない?」

柚木先輩は新幹線の切符を一枚私に手渡しながら、また不機嫌な表情になる。
「え?何がですか?」
「先輩、って呼ぶの」

まただ…これまでにも幾度か注意をされて来たけれど、やっぱり照れてしまって素直に名前を呼べないままでいた。
「お前が呼んでくれないなら、俺も"日野"って呼び続けるし。色気のない旅行だね」

拗ねた様にそっぽを向いてしまったけれど、グリーン車の窓側の座席に私を座らせると、「ペットボトルで申し訳ないけれど」と、温かいお茶を買って来てくれた。
それから、今日行く旅館の早咲きの梅の話や、美味しい料理の話なんかをしてくれた。


……柚木先輩は、昨夜私が眠れなかった事を知っているだろうか。
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