撫子

□永久の碧
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帰り道、とりとめのない会話をしながら並んで歩くけれど、それもそう長い時間じゃない。
「それじゃ加地くん、また明日ね」
「うん、気を付けて」

僕らを隔てる信号は、黄色から赤へ。
君の背中があの角を曲がるまで見送って。

僕は夜を仰いで溜息を吐いた。





委員会が思ったより長引いて、僕は慌てて教室へ戻る。
案の定、下校時刻をとうに過ぎた教室には誰もいなくて。
(日野さん、もう帰っちゃったかな…それとも何処かで練習してるだろうか)
ひょっとしたら音が聴こえないかと、窓を開けて耳を澄ましてみる……馬鹿だな、練習室や音楽科校舎にいたら聴こえるわけなんてないのに。……捜しに行こうか?まさか学校中を歩き回って?

「あ〜…、恋愛って人をバカにするんだな」

同じクラス、というのは有利なようで、僕の場合は少し違う。
出遅れた転校生の僕に神様がくれたハンデ、かな。彼女と一緒に前のコンクールを戦ってきた彼らとの時間に、少しでも追い付けるように。

憧れていたあの頃。
僕はまるでアイドルや女優に恋をするみたいに、彼女を夢に見るようになって。
本人を前にして、実際に手の届く所にいて、笑い合って、音を奏でて……

(このままでも十分…幸せ、なんだけどな)

じきに陽が落ちる。
いつまでも此処にいたって仕方ない、今日はもう帰ろうと窓を閉めかけた。

…校舎から、彼女が出ていく。
この窓は三階、今から走って追い付くかな?僕は咄嗟に自分の鞄を抱え、校門に向かう彼女の背に声を掛けようと息を吸い込んだ。
待って、日野さん、一緒に帰ろう。

でも声を掛ける事は叶わなかった。
彼女を呼び止めたのは、僕ではなかったから。

彼女に遅れて校舎から出てきた柚木先輩は、振り返った彼女に追い付いて隣に並ぶ。
……何を話しているのか聞こえない。
不意に先輩が彼女に耳打ちするよう顔を近付けて、彼女が身を固くする。

嫌だ。

彼女は赤くなったり青くなったり、例えそれが恋愛感情ではなかったとしても、先輩を意識するのを見るのは嫌だ。

「柚木先輩じゃん」
不意に背後で声がして驚いて振り返った。
天羽さんだ。
「日野ちゃんと柚木先輩って珍しい組み合わせだね」
「天羽さん……いつからいたの」
「んー、今。さっきまで日野ちゃんと一緒にいたんだけどさ」
「……なんで日野さんと一緒に帰ってくれないんだよ、アレどうしてくれんの」

彼女は柚木先輩のお迎えの車に乗り込んでしまった。
もう、追い付けない。
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