撫子

□Theophilus
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彼女はまたも月森の腕を掴み、座れと促す。
「年明けにモーツァルト国際コンクールがあるのは知ってるわよね?」
「……半年後ザルツブルクで行われる4年に1度のコンクールだろう、誰でも知ってる」
「来月、ウチの学校の推薦枠を決める選考会があるの」

そこで一旦、彼女が言葉を切った時、丁度注文していた料理が運ばれて来た。
月森は席に座り直すと、話の続きを待った。
彼女は口唇で僅かに笑みを作ると、テーブルに頬杖を付いて月森を見る。

「ヴァイオリンにはレン、貴方の名前も上がってるわ」



モーツァルト国際コンクール。
4年に1度、モーツァルトの誕生日である1/27にオーストリアのザルツブルクで開催される、才能ある若き音楽家を見出し支援する事を目的とされた、国際コンクールである。

主催団体モーツァルテウム設立の際には、モーツァルトの妻・コンスタンツェの協力もあった。
その後、モーツァルトの遺児であるカール・トーマスも、モーツァルトの遺産の殆どをモーツァルテウムに寄付し、発展につとめた。

コンクールはピアノ部門、フォルテピアノ部門、ヴァイオリン部門、男女別声楽部門の他、歌曲作曲部門、ピアノ独奏作曲部門、ヴァイオリン独奏作曲部門など、各部門それぞれ上位3人までを受賞者とする。
近年、日本人がピアノ部門で優勝するなどし、話題になった。



「俺の名前が?……だが君は何故それを知っている」
「ウチの祖父、財団の理事なの」
「……は?」
「それでもってウチの学校の学長なの、だからホラ、良いニュースなんだからもっと喜んで!ついでに言うと私の名前はマルグリット、覚えてね」
「………」

マルグリットは月森の物言いたげな表情をよそに、目の前の料理を口に運んでいく。
大きな溜息をこれ見よがしに吐いた月森も、ヴィーナーシュニッツェルにナイフを入れた。

「…君の専攻は?」
「ピアノ」
「君もコンクールに?」
「まさか。私は貴方に名前すら覚えて貰えない程度の腕前なのよ」
「………何故俺に構う」
「ホラ、先物買いってやつね、ウチ理事だから。女の子に興味が無いのも問題だけど変な虫が付く前で良かったわ」
「……俺がいつ興味が無いなど…」
「あるの?彼女とかいるの?どんな子?クラスにいる?」

また矛先がこちらに向いた……月森は、日本でも似たように質問攻撃をしてきた報道部の面々を思い出していた。
別れ際、「日野ちゃんの写真送るね〜」と言って、実際彼女の写真も入ってはいたが、土浦や加地と並んでいる写真まで送ってくるのはどういうつもりなのか……制服ならまだしも、私服というのは何処かへ出掛けているワケで………


……遠い、君。


こんなに切なくて苦しいのは、自分だけなのだろうか………

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