撫子

□生命不息
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「あの……なんなら今日も徹夜で…」
駄目だ。この書簡を戸部に届けたら帰れ」
絳攸は秀麗に書簡を手渡すと、犬でも追い払うかのようにしっしっと手を振った。
秀麗はまだ何事か言いたげに口を開閉させたが、大人しく府庫を出ていく。


その後ろ姿を見送った絳攸は、独り言のように呟いた。
「……まったく。仕事熱心な所は主上にも見習って欲しいが」
「茶洲出立まで日にちがないからね、焦っているんだよ」

邵可は絳攸に椅子をすすめ、新しい茶器へと秀麗が淹れてくれた茶を注ぐ。
「燕青も影月も順番に1日休んで貰ったんです、秀麗だけ休ませず倒れられたら……」
「すまないね、君にもこうして手伝って貰って」
「いえ……秀麗が倒れるとうちの上司が黙っていないので……」
「……重ね重ねすまないね……」







「紅秀麗です、失礼します」
戸口で声を掛け、勝手知ったる戸部に入室するが、黄尚書の姿はなかった。
変わりに奥から、景侍郎が顔を出す。
「秀くん!」
「景侍郎、ご無沙汰をしております」
秀麗が恭しく一礼をすると、景侍郎は眩しそうに目を細めた。
「貴女はやはりその格好の方が似合いますね」
「あ…有難う御座います」

かつて戸部で働いていた頃は侍童の姿であったから、今こうして女官吏姿で改めて会うと何となく気まずいように思うのだが、黄尚書も景侍郎も別段変わりなく接してくれている。

それどころか、黄尚書に至ってはどういう風の吹き回しなのか、秀麗に時折文を出してくる……時節の挨拶程度ではあるのだが。

「おや、書簡ですか」
「吏部からの書簡なんですが……黄尚書はいらっしゃらないんですね」
「その吏部からの書簡が遅いと、吏部尚書の所へ催促に行かれたんですよ…行き違いでしたね」

(絳攸さま……戸部への道に迷った挙げ句諦めて府庫に来たんだわ…って私に押し付けたの!?)

秀麗は笑みを引きつらせながら謝った。
「すぐ戻ると思うんですけどねぇ…すぐにお返事必要ですよね?」
「あ、いえ、これ届けたら帰っていいって言われてるんです」
「おや、それでしたら私がお預かりして鳳珠に渡しておきましょう」
「助かります」

景侍郎に書簡を手渡した秀麗が、再度一礼をして戸部を後にしようと踵を返した時、景侍郎に秀くん、と呼び止められた。

「たまにはこうして戸部にも顔を出して下さいね……鳳珠も喜びますから」

喜ぶも何も、あの仮面でどうやって表情を見分けるのかとは思ったが、秀麗はにっこりと微笑んで頷いた。
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