撫子

□充満愛地
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溜息を吐きたいのを堪え、絳攸は笑ってみせる。
「吏部…にはいらっしゃいませんでしたから、もしかすると邵可様の所かも知れませんね」
「……邵兄上が甘やかすからこうなる」
玖琅は絳攸の胸の内を知ってか知らずか、やれやれと首を振ると話題を変えた。

「して絳攸、最近秀麗とはどうだ」

絳攸は咄嗟に返事をする事が出来ない。
玖琅には、兼ねてから秀麗との縁談を事ある毎に持ち掛けられてはいるが、何れも保留にしてある。

「どう……と申されましても」
「黎兄上が当主としてああだからな、私としても一日も早くお前を次期当主として立て、私の息子にお前の補佐をさせたいのだ」
「はぁ……」

腕組みをして唸った玖琅に、絳攸は困って頭を掻いた。
「兎に角、何度も言うが私はお前と秀麗の結婚を諦めないからな」
玖琅本人は心から良かれと思っているが、絳攸にとってはプレッシャーでしかない言葉を残し、彼は去った。

大体、結婚を諦めないだのは当事者の気持ちの問題であって、周囲が宣言するような事ではないと思うのだが……

絳攸は盛大に溜息を吐いて、屋敷の中で待つ黎深から今の玖琅とのやり取りを訊かれるのかと思うと、再度肩ががっくりと落ちるのだった。





案の定、長い髪を後ろへ垂らし、完全に寛ぎモードな黎深は屋敷の中にいた。
窓から玖琅と絳攸の鉢合わせも見ていたのだろう、手にした扇を開いたり閉じたりしながら、絳攸の言葉を待つ。

「黎深様……いらっしゃるなら出て差し上げないと…」
「玖琅はなんだって?」
「………いえ、特に、」
「…ふん、どうせまた秀麗との縁談だろう。あいつもしつこいな」

黎深は切れ長の眼尻を眇めると、絳攸に向き直る。
「前にも言ったがお前の好きな様にして良い」

……昔は、養い父である黎深のこの態度が、冷たいものだと思っていた。
気紛れで拾われ、期待もされず、「自由にしていい」という言葉を「勝手にしろ」だと解釈していた。突き放された、と絶望しかけたりもした。

今は解る。
自由とは、己で考え己で決めるという事なのだ。

黎深に拾われる以前の自分には無かったモノ。

「……とはいえ絳攸、」
「はい」
「私は秀麗を何処の馬の骨とも解らん輩にやるつもりはない!」

黎深は扇をぐっと握り締め、急に声を荒げた。

「れ…黎深様?」
「知っているのか?秀麗の元へ毎日毎日毎日毎日、山のような縁談が持ち込まれているんだぞ!」
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