漆黒

□VERMISSEN
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彼女の待つ居間へと静かに現れたのは、透けるような白い肌に肩までの金髪、見れば彼女と良く似た容貌をした少年であった。
一礼をして顔を上げると、磨き抜かれた赤銅に金を散らしたかの如き色の瞳で、真直ぐに見返してくる。

「如何されました、祖母君?」

おばあさま、と呼ばれた金髪の少女は、先程オートマタから奪った一冊の本を孫である少年に差し出す。
「そなたまた外-アウター-にでも行くつもりかえ?」
祖母から本に視線を移した少年は、あっという表情をしたがすぐに引っ込めた。
まだ幼さが残る白い貌は、少女と見間違う程に繊細で美しい。
「我は……公用語が得意な方ではありませんので」
「勉強か、それは頼もしい!だが帝国内では必要なかろう?それとも何か、またそなただけ何処ぞへ旅行にでも出掛けるつもりか?年老いたかよわき妾を一人残して」

一体誰がかよわき老婆なのか、イオンは喉まで出掛けた台詞を懸命に飲み込み、辞典を受け取ると溜息を吐いた。
「あれは旅行などではなく陛下の勅命なれば…」
「解っておる。孫の分際でいちいち口答えするな」

帝国内でも最大の帝国貴族-ボイエール-、モルドヴァ公爵の孫のイオン・フォルトゥナは、自らもメンフィス伯爵という爵位を戴き、帝剣御持官-スパタール-という立派な役職まである。エリート街道まっしぐらなこの少年は、つい半年程前に陛下の勅命を受け、外-アウター-、正しくは教皇庁-ヴァチカン-へ帝国の聖旨として任務遂行の為出掛けていた。
そこで彼を待っていたのは、残酷な運命と………

「外では帝国語は通じず、せめて公用語が流暢に話せれば…もっと不自由なく我の思いを相手に伝える事も出来ようかと…伝達手段の一つとしての、」
「もうよい。どうせあの短生種の娘じゃろ」
「……は?」

イオンは、予測してなかった祖母の言葉にしばし呆然とした。
短生種の娘?

「なんだそなた自覚がないのか?テランの娘と言ったらあの赤毛の、」
「エ、エ、エステル!?何故ここに彼女が出て来るのですか!?」
明らかに狼狽した様子の孫が顔を赤くしながら喚いたのへ、金髪の美少女はやれやれと長い溜息を吐いた。

初恋と呼ぶにはあまりにも拙い感情…たったひとり最愛の友を失っても尚、彼が運命に立ち向かう勇気を奮う力を与えたのは、あの仇敵たる教皇庁-ヴァチカン-に仕える聖女ではなかったか?
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