漆黒

□EINSAM
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イオンは光の中へ小走りに戻って行った。私は彼の小さな背中を見送りながら、独りごちた。
「……二人で昼間の海を眺める事は…もうないだろうね」


長生種-メトセラ-としての覚醒―…
長生種が短生種と決定的に異なるのは、溶血性桿状細菌群-バチルス・クドラク-と呼ばれる微小の菌類が体内に寄生している点である。
溶血性、つまり血液内部に棲息するこのバチルスにとって、銀と紫外線は猛毒だが、血小板の代わりに損傷箇所を塞ぎ、外部からの侵入細菌を捕食して感染症を防いだり、時には加速-ヘイスト-と呼ばれる筋肉を異常活性化させる現象を起こす事が可能だ。
多少の傷では致命傷にならないがゆえの長寿も、尋常ならざる身体能力を誇るのも、このバチルスという寄生者の効力である。
……但し、大量の出血や長時間に渡る筋肉の活性化で身体に負担をかけすぎると、体内のバチルス達は急激に増殖を始める。バチルスが、餌になる赤血球中のヘモグロビンを欲する結果、虚血性貧血症を引き起こすのだ。
体内にあるヘモグロビンでは間に合わなくなった場合、外から取り込もうと脳神経、宿主の意識までも支配し、一斉に暴走を始める―
それが吸血衝動である。


覚醒を私より先に迎えた彼の肉体は老いるのをやめ、悠久とも思える永い時間を手に入れた。
もう二度とは還らない、あの日の「自由」を代償に。

そして私は大人になる。

……キミを置いて。





数年後、イオンより背が伸びた私も覚醒を済ませ、爵位も賜った。
ルクソール男爵ラドゥ・バルフォン。バルフォン家は代々、火炎魔人-イフリート-と呼ばれる発火能力を持つ。私も例外ではなかった。
役職は七品官のうちの直轄監察官-カマラーシュ-、一方、皇帝陛下の重臣・首席枢密司-デーク・ヴォルニーク-を祖母に持つイオンは、帝剣御持官-スパタール-。私とイオンは、共に肩を並べて、陛下の統べるこの美しき帝国の為に尽力すると誓い合った。



生真面目なキミをからかいながらの数十年は、実にあっという間だった。
他国語も私の方が長けていたし、戦闘能力もイオンよりは優れていた。当然、努力もした。
何が気に入らないのか、私がイオンを子供扱いすると彼はすぐ拗ねた。同い年ゆえに対等でありたいという気持ちは解っていたけれど、私は、この美しい乳兄弟を無意識に守ろうとしていたのかも知れない……否、彼と過ごす日々を、だ。


相棒-トヴァラシュ-、と呼び掛けたのはどちらからだったか…………
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