漆黒

□ORAISON〜robe d'ecarlate
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巡回神父達が教皇庁に戻って来たのは、陽も西に傾いた頃だった。
せわしない靴音、それはカテリーナの執務室の扉の向こう、廊下の先から聞こえてくる。
何やら言い争いながら……否、片方は簡単な言葉で会話を終了させているので、喚いているのはもう一方だけだ。
徐々に近づくバタバタとした足音に、シスター・ケイトはこめかみを軽く押さえた。カテリーナ様の執務室前を歩く際には静かにと、何度言ったことやら。

「カテリーナさぁん!」

ノックもなしに勢い良く開かれた扉の向こうに、ボロボロの僧衣-カソツク-を纏って半泣きの神父が立っていた。
半歩遅れて現われたのは、こちらは打って変わって無表情のまま頭を下げる、短髪の神父だ。

「カテリーナさん、聞いて下さいよ、トレスくんったら酷いん…」
<ナイトロード神父!>
「ややっ!これはこれはケイトさんじゃないですか、驚かさないで下さいよ〜、あ、只今戻りましたぁ♪」

長身銀髪、牛乳瓶の底の様な眼鏡を掛けた小汚い出で立ちの神父は、突如眼前に現われた立体映像-ホログラム-に手を上げながら、にへらと笑った。
<…ワタクシではなくカテリーナ様に仰って下さいまし!大体廊下はお静かにと…>

シスター・ケイトが銀髪の神父に小言をもらしている間に、小柄な神父は執務卓に向かっていた。
「ミラノ公、これを。バレンシア公からだ」
「書状?……ご苦労でした、神父トレス」
カテリーナはトレスから受け取った書状に目を通すと、浅く溜息を吐いた。
<猊下?>
「シスター・ケイト、明後日の戴冠式出席者リストに、バレンシア公も加えて頂戴…概ね想像はしていましたが、まぁ一人息子の晴れ舞台ですものね」
<かしこまりました。では手続きして参りますわ>
「神父トレスはボルジア卿の所へ行って知らせて来て貰えるかしら」
「了解-ポジティヴ-」



シスター・ケイトと神父トレスが出ていった執務室は、戸口で所在なさ気に長身の背を丸めた銀髪の神父と、世界で最も美しい枢機卿の二人だけになった。

「……いつまでもそんな所に突っ立ってないで、こちらへいらっしゃい、ナイトロード神父」

カテリーナに呼ばれた神父は、頭を掻きながら笑顔で執務卓の前に立つ。

「只今戻りました、カテリーナさん」

……なんだか久しぶりに逢う笑顔に、カテリーナは想いが込み上げる胸を押さえた。

「おかえりなさい、…アベル」






東の空から徐々に夜が始まり、黄昏のローマの街並を紫暗に染める頃……カテリーナとアベルは法王庁の端にある円塔の上にいた。
ここからは街が四方共良く見渡せる。

「バレンシアでは御苦労様」
「いえ……私ですねぇカテリーナさん、あの方が教皇になられるなんてなんだか不安で一杯なんですけど」
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