漆黒

□Neid
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珍しくあの面倒くさがりのセスが、自らすすんで研究させてくれと名乗りを挙げたのは、十中八九、科学者特有の研究対象に抱く好奇心からだろう。
立場上は現実主義な筈の夢見がちな少女は、人類史上稀に見る大発見をやってのけた。
だがこの夢のマイクロマシンが、やがて人類にかつてない災厄をもたらす事になる。

「バチルス・クドラクか…こっちは…バチルス・クルースニク」

数体のみから発見された十字型の細菌群は、その他数千の遺体に寄生していた溶血性桿状細菌群-バチルス・クドラク-の"変種"と見られた。どちらも生命力が大幅に上がる事以外の微細については、依然調査中だ。
……それにしても、血液内部に寄生をして宿主の赤血球を破壊する細菌群とは…どこかの宇宙からあの"方舟"でやってきた人類以外の知性生命体、強い生命力を持つ細菌群を血液中に宿す「彼ら」とは一体……

「……カイン?」

数回のノックの後、自分を呼ぶ声がしてカインが顔を上げると、すらりと伸びた手足に白い隊服を纏った長身銀髪の青年が立っていた。
カインと同じ冬の湖色をした碧眼と目が合うと、兄弟間によくあるリラックスした笑みを見せる。カインも笑顔で手招きをした。

「ああ、アベル。御覧、夕陽が綺麗だね」
「……セスの報告書、セスに訊いたらカインに渡したっていうからわざわざ来たんだよ」
「今ちょうどキミを呼びに行こうと思ってた所」
「いいから、報告書」

素っ気なく右手を出した弟に、カインは軽く肩を竦めて書類を手渡した。
室内のソファに腰を下ろしたアベルは、長い足を組んだ上に書類を乗せると、真面目な顔で字面を追った。
「……延命効果?」
「だってね。まったく、僕らは何だったのかね。普通に生まれたって発見出来たと思わないかい」
「…例の宇宙船についても俺とリリスで解析してるけど、……しばらくは掛かるな」
溜息混じりなアベルの台詞に、思わずカインは彼を見た。正確には、こちらに背を向けてソファに座っているアベルの後ろ姿を。ページを捲る度に、肩までの銀髪がさらりと揺れる。

「アベル、キミちょっと変わったね」
「は?」

何の話だと言わんばかりに、眉をひそめたアベルが振り返る。デスクに座していた兄は、背後の窓から射し込む青い逆光の所為で表情までは見て取れなかったが、書類で散らかった机上に両肘を付き、組んだ細長い指に顎を乗せながら、穏やかな声音で語りかけてくる。
「無意識ならば尚更、良い兆候だね」
「だから、何が」
「仲良く仕事してくれるのなら、それが一番だって事さ」
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