ゼロス

□Thanks SS
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それは自分に満足するという事。















アイデンティティ















「?あれ?終わり?」



俺の髪を梳かしていた櫛が、音もたてずそっと脇に置かれた。


高価なつやつやと光るその鼈甲の柄が、そっと彼女の手から離される瞬間がやけに切なく映る。



俺の髪を掬っていた手もそっと離されて、代わりに漂っていた温もりが俺の背中を柔らかに覆った。



「まだ梳かしきれてねぇよ?ほらこの辺とか…」

「…ゼロス」

「ん?なに、どうした…?」



答えの代わりに回された腕がぎゅっと絞まった。


背中に宛てられた顔から、定期的に送られる一際熱い温もり。


それはきっと彼女の呼吸で、ゆっくりと刻むそれに俺の胸がその度に収縮するのが分かった。



「何、急に甘え…」

「ずっと…ここに居るよね?」



あぁ、突然の憂欝ってやつだな。

そう思うだけで十二分な愛しさが満ちてくる。


俺は全部受けとめられてっかな…





寄り掛かる相手はきっと間違えてんだ。

でも他の奴に寄り掛かる彼女なんて俺はちっとも望まない。


ふっと口を緩めて、回された手をそっと握った。



「…たとえば、どこ行っちゃうって?」

「…分かんないけど」

「悪ぃけど、俺様ここに永住する気だし」

「ずっと…?」

「まぁ…傍に、居てくれるなら…?」



背中を向けてる今だから、いつもは沈めた言葉を拾い上げられる。


俺が彼女の憂欝を受けとめる代わりといっちゃなんだけど、俺の気持ちも受けとめてくれないか?



いつだって、傍にくらい居てやるから。



伝えきれないそれも代弁するように、握った指を解いて自分の指と絡ませた。


すぐに握り返してくる後ろの彼女が、きっと照れているであろう事に満足しながら。



「…ありがと」

「どーいたしまして」



アイデンティティを、手に入れたんだ。



最初からあったわけじゃない。二人で見つけた在るべき場所。



背中を覆う温もりも指先の小さな温もりも、それからその感触も。


一度手にしたからにはもう失うことはないと思ってる。少なくとも彼女のくれたこの気持ちは。



許容量を越えてもいい。


まだまだ育ててくだろ?





俺の、二人の


アイデンティティ。












End...
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