戦國ストレイズ

理不尽王
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「好きです、殿様…」

心地良い響きが耳元にかかり、信長はすっと目を細めた。

「かさね」

女の名を囁く様に呼んだ。かさねは照れ臭そうに笑った。
軽く口付けを求めれば女は目を閉じて応えた。それが妙にいじらしく、信長は柄にも無く、とくりと胸が高鳴った。
体重をかけないようにかさねを押し倒せば、かさねも信長の首に抱き着いた。



「…」

がばりと体を起こした。無言で辺りを見回せば、そこは代わり映えのない自分の寝所である。

「…夢…」



信長は没念とした思いで庭が見える渡り廊下を歩く。

「…最悪の夢見だ…」

そう呟いてわしわしと頭をかく。
気違いでも起こしたとしか思えない夢に、信長の心情は陰欝だった。

「何故おれがよりにもよってあの女の夢を…解せん」

もはや独り言になっている事にも気付かず、信長は顔を顰めた。

「あ、殿様!おはようございます!」

降り懸かる声に微かに身を竦める。それは己の夢の中で愛を謡った声と同じものだ。

「…随分…早いな」

言葉が見つからず、信長はかさねから距離を取った。別にさっきの夢をこの女が知っている訳は無いと分かってはいるが、何だか居心地が悪かった。

「早く起きちゃって…眠気覚ましに散歩しようと思って」

屈託のない笑みがなんだか妙に後ろ暗い気持ちにさせる。

「黒千代もいたし」

「ばう!」

大型の黒い犬がかさねに擦り寄った。かさねは優しくその頭を撫でた。

「…」

信長は楽しそうに笑う女の顔をぼんやりと眺めながら、何とも言えない気持ちにさせられた。
さらさらの短い髪、丈の短い着物から覗く細い脚。触れたら柔らかそうな頬。

「…お」

「おまえ!こんな所にいやがったのか!」

かさねに投げ掛けようとした信長の言葉は、横柄な声に掻き消された。

「内蔵助さん…」

振り向いた先には小柄な少年が立っていた。整った眉が、不機嫌そうに吊り上がっている。

「あ、え!信長様!?お、おはようございます!」

信長が居た事に今気付いたらしく、内蔵助はすぐに頭を下げた。

「どうしたんですか、内蔵助さ…」

「どうしたもこうしたも!おまえの世話を仰せ付かってる俺達が、おまえがいないせいで朝餉を喰いっぱぐれだ!」

「ええ?!それはごめんなさい!いますぐ戻るから…っ!」

「もたもたすんな!」

そう言って痺れを切らした様に内蔵助がかさねの手を乱暴に掴んだ。かさねは一瞬驚いた様だが、たいして気にしていない様子で、内蔵助の手を振り払いもしなかった。

「お騒がせ致しました信長様、ではこれにて失礼致します」

そう言って内蔵助は頭を深々と下げたが、手は固く繋がれたままだ。

「…」

年端も近く、どこか似合いの二人を眺めながら信長は不可解な苛立ちが募って来た。
手を取られて、全く意に介さないかさねの態度もさらに信長を苛立たせた。

「待て」

そのまま去ろうとする二人の背に声を投げ掛ける。何事かと怪訝に振り返った。

「お前らは今日の朝餉は無しだ」

「…はい?」

「…この命令違えたらどうなるか相応に心せよ」

余りの理不尽な信長の命令に、かさねは「はあああぁ?!」と声を張り上げた。

「いきなりなんで?!えっ、ちょっと待ってよ殿様!」

得心がいかぬ様子でかさねが食ってかかるが、信長は素知らぬ顔を決め込んだらしく、足早にその場から離れる。
余りの事に言葉を失っていた様子だった内蔵助も、はっと我にかえる。

「お…おまえのせいだぞ、この疫病神!」

「ええぇ?!私はべつに何も…!そんな理不尽な…」

信長は去りながら、訳も解らず言い争うかさね達の声を背に、ほんの少しばかり、この胸に疼く、もやもやとした気が晴れたような気がした。

はてさて、1番真に理不尽なのはどこの誰だか…。

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