戦國ストレイズ


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「草薙殿っていいよな」

城に兵として仕える若者の一人が言う。

「そうそう、明るくて働き者で気が利くし」

「男勝りだがよく見れば可愛いし」

若者達が揃って賛同する。最近ようやく城に馴染み始めたかさねと、毎日稽古に勤しんでいる者達だ。

「今の俺は草薙殿なら嫁御に迎えたい心持ちだぞ」

「シッ!滅多な事を言うな!」

一人の言葉に若者の中の一人が叱咤する。

「草薙殿は信長様のお手付きって噂だぞ」

「あの草薙殿が、あの信長様の!?」

声を潜めて言った男の言葉に、一人が驚きの声を上げる。
さらに重々しく男が続ける。

「お前知らないのか!?今この噂で城内は持ち切りだぞ!あの殿が一緒に戦に連れて行く程の寵愛ぶりらしい」

「そういえば夜遅く、殿の寝所に草薙殿が入って行くのを見た者がいるらしいぜ」

「その次の日に、草薙殿の首筋に殿が付けた痣があったって話しだし…」

「本当か?!嘘だ…、あの草薙殿が…」

男達が次々上げる噂話に、一人が落胆に肩を落とし、他の者が慰めるように声をかける。

「だから妙な気は起こさない方が身の為だ。じゃないと首が飛ぶぞ」

「…ああ…」

男がうなだれながら力無く返答する。

「でも信長様と一緒の時の草薙殿は、やはり俺達の前とは違うんだろうか…」

「…」

一人の言葉に全員が押し黙る。

「…やっぱり信長様の前では甘えたりするんだろうか、草薙殿は…」

「…うらやましいな殿は…」

「あんな男を知らない様なおぼこい顔して、あの信長様の寵愛を受けてるんだからな…」

うっとりとした目で語る男達。

「!!」

その時近くの木に勢いよく槍が飛んでくる。
男達は何事かと竦み上がる。
槍が飛んで来た方を振り返れば、そこには不機嫌そうな顔をした内蔵助を筆頭に、犬千代、五郎左、かさねが揃い踏みしていた。

「朝っぱらからサカるな。みっともねぇ」

「内!また俺の槍ー!」

犬千代が立腹している様子を見ると、どうやら槍を投げたのは内蔵助らしい。

「く、草薙殿…」

なんとも言えない顔をして見てくるかさねに、男達は話しを聞かれた恥ずかしさと気まずさで青くなる。

「す、すいません、草薙殿!」

「で、出来心で、た、他意はありません!」

「申し訳ない!」

「あ、いや、別に、その」

次々と頭を下げられてかさねは逆に萎縮してしまう。

「草薙殿、暑くはありませんか!?」

「俺、井戸水くんできます」

「俺は汗をかいた草薙殿の為に手ぬぐいを持ってくる!」

体よく理由を付けて男達は足速に霧散して行く。

「…」

「あ、あの、あんまり気にしない方が良いですよかさね殿」

押し黙って呆然としているかさねを見て、五郎左が心配になって声をかける。
そりゃあ自分の知らない所で好き勝手にいかがわしい妄想をされては、女子の身としては気持ち悪くて仕方ないだろう。

「み、みな若いですし…朝から達者なのは見逃してやってください、ね?」

「やっぱり殿様との噂そんなに広がってるんだ…」

「そっちですか」

どうやらかさねの関心は、知り合いの男達が己をだしにいかがわしい話をしていた事ではなく、信長との噂にあるらしい。

「違うのに…私殿様とはなんともないのに…」

絶望を滲ませた声色で、かさねが頭を抱えて座り込む。

「…お前、本っっ当に、信長様との間に、何もないんだろうな?」

「あるわけないじゃん!あれは殿様がからかって広めた嘘なんだから!!」

内蔵助の質問に、力いっぱい力説するかさね。よほど今広まってる噂が嫌らしい。

「信長様の行動はいつも理屈と理由があります。ただかさね殿をからかう目的でこのような噂を広めたとは思えませんが…」

「からかい以外に何があるって言うんですか…」

「貴女を…ご自分のお手付きと噂を広める事で、貴女を無礼坊な輩から守る為…、とか」

五郎左の言葉に、かさねは目を丸くする。

「まっさかあ。あの殿様が」

「いえ、若い女子というだけで、狼藉を働こうとする者は沢山います。きっと殿はその様な輩から、かさね殿を守る為にその様な噂を…。さすがに己が主の女に手を出そうとする者などいませんからね」

「…だったら一言いってくれればいいのに…」

「殿がご自分の考えを人に言う様な方ではないとご存知でしょう?」

「…」

妙に説得力のある五郎左の説明にかさねは微かに唸る。

確かにそう考えれば噂が広まっても何も言わない信長の態度も頷ける。

「…でもやり方、相変わらず強引だなぁ…」

「信長様ですからね」

どんな事でもその一言で納得出来る魔法の言葉だ。

かさねは少し顔をしかめる。

「じゃあ殿様にお礼とか、言った方がいいんですかね…?」

「信長様は礼を言って欲しくてそんな事した訳ではないでしょう」

信長は何事に置いても不言実行を地で行くような人だ。
だから期待して何かをするような人ではない。
だからかさねに対して噂を流した真の理由も、かさね本人に伝える気など毛頭ないのだろう。

「てか、かたねはもてるなー」

「はあ…」

タイミングがワンテンポ遅れて犬千代が会話に参加する。しかも全く別の内容である。

「下級の見習い武士が城の女と関わる事なんて滅多にないからな。たまたまこいつと接する機会が多いからだけだろ」

内蔵助がつまらなそうに吐き捨てる。
その姿に五郎左は笑みを浮かべる。

「何を言っているんですか。かさね殿は実に愛らしいじゃないですか」

「え?い、いや、そんな…」

五郎左の言葉に照れてかさねは頭をかく。愛らしいと言われて悪い気のする女の子などいないだろう。

「明るいし、頑張り屋だし、料理上手で働き者。嫁にしたいと言った者の気持ちがわからなくはないですよ」

「かたねの飯は旨くてすきだ!」

「餌付けじゃねーか」

「そうだ、かさね殿。信長様までとは申しませんが、誰かと夫婦になり、ずっとこの国に留まられたら良いではありませんか!」

素晴らしい事を思い付いた様に五郎左が手をぱん、と叩く。

「それがいい。かさね殿ならきっと此処で上手くやっていけます。此処で暮らせばかさね殿と別れる事はないのですし」

「え?で、でも…」

「なら俺がなるー!かたねが居なくなったら、かたねが作る旨い飯が食えなくなる!」

「このアホ犬!意味ちゃんとわかってんのかテメェ!」

そう怒鳴って内蔵助が軽く犬千代を蹴り飛ばす。その姿を五郎左が横目で内蔵助を見遣る。

「そうだ!内蔵助なんか良いんじゃないですか?年端も近いし、二人なら似合いの夫婦になると思います」

「はああ!?な、何馬鹿言ってんだ五郎左!俺が!なんでこんな女!!」

五郎左の言葉に驚愕の声をあげた内蔵助が、慌てて異論する。

「前々から思っていたんですよ、きっと内蔵助とかさね殿なら良い仲になれるだろうって」

「な、なるか!」

ギャーギャーと騒ぎ立てる内蔵助を無視して五郎左がかさねに向き合う。

「どうです?良い案だとは思いませんか?」

「でも私、家族が待ってる家に帰らなくちゃ…」

「帰る術がわからないのでしょう?なら帰れなかったならその様にすればいい。かさね殿ならば良き妻、良き母になるでしょう」

「来れたのなら、絶対に帰れる。私信じてるんだ」

五郎左の言葉に、かさねは強い瞳で言う。
家族にもう一度会う。己の時代に帰る。
それを自分が信じなくなって、一体どうして帰れると言うのだろう。
例え話であろうと、帰れない事を前提で話すなどかさねには出来なかった。

「…」

かさねの真摯な気持ちを悟り、五郎左は残念そうに肩を落とす。

「でも、この戦国の世で妻となり、子を成し、生きていく。そういう選択肢があると言う事、忘れないで下さいね」

「…うん、ありがとう、五郎左さん…」

元の世界に帰ろうと、かさねが気負い過ぎない様にこの話題を持ち出した五郎左に、かさねはその心遣いに人知れず感謝した。
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