戦國ストレイズ
□贈物
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夏特有の蒸し暑さ漂う中、信長、信行兄弟が馬に騎乗して進み、かさねと五郎左達がその兄弟の護衛として歩いて共を勤めていた。
「一体何しにどこへ行くんですか?」
かさねが馬に乗っている信長を見上げて尋ねるが、信長は面倒そうにかさねを横目で見て、説明しろとばかりに信行に目配せする。
「ちょっとこの一帯の地形について調べる事があってね」
「そういう事を1番偉い人達二人でするもんなんですか?他の人に任せたらいいのに…」
「この阿呆が。この地が戦場に成った時、当主自らが地形を解してないで、一体どう布陣をしろというのだ」
呆れた様に信長が会話に参加する。
かさねは相変わらず歯に衣着せない信長の言葉に、少しむっとする。
「まぁまぁ、かさね殿。余り外へ出たことがないのなら、これを機会にここら辺りの地形を把握しておけば良いじゃないですか。そうすれば外出だって許しを得られたら出来ますよ」
五郎左の言葉にかさねはそうか、と頷く。
今までは、城の外に出ることに対して、却下。の一言だったが、自分がここら一帯の地形をしっかり把握すれば、少しくらい外出の許しがでるのではないのか、という淡い期待が胸を擡げる。
かさねは期待を孕んだ視線で信長を見遣ったが、信長は微かに眉を顰めて、かさねから直ぐに視線を外した。
「…」
この様子じゃあ当分の間は何か用事がない限り、外出を許すことはなさそうだ。
「今日は市にも用事が合って来たんだよ」
「市…」
つい最近の、信行達と共に行った市での、暗い記憶が呼び起こされる。
無知で無力な自分に、弟達と同じ年頃の子供の現実。
「かさね殿、余り気負いしない方がいい。あの者達はいつか僕と兄上が、必ず救ってみせる」
かさねの様子に、この前の事を気に病んでいるのだろうと信行が察し、励ましの言葉をかける。
「はい…」
かさねは信行の言葉に、小さく頷いた。
その時、一際大きな腹の音がなり、信長がかさねを見遣る。
「わ、私じゃないよ!!」
信長のおまえだろ、とばかりの視線に、かさねは慌てて首を横に振る。
信長にこの国で働かせてくれと、戦う決意を伝えていた大事な時、自分のお腹の音が鳴って、緊張感が台なしになって、本気で泣きたくなった記憶はまだ新しい。
「腹減ったぁ〜…」
犬千代が力無くうなだれる。腹の虫の声の主は、犬千代らしい。
「そういえばもう昼だね…」
信行が空を仰いで、目を細めて太陽を見遣る。
一日のうち、1番高い位置に太陽が照っている。
「兄上、近くにちょうど川辺があります。そこで一度休みましょう」
「…」
信行の提案に、信長は目を細める。僅かに思案したのち、その提案を受け入れる。
「少しだけだ」
「飯、飯ー!!」
信長の言葉に犬千代が嬉々として川辺の木陰に駆けていく。
背負っていた、かさね手製の弁当を開け広げ、口いっぱいにほうばる。
「全部一人で食うなよ、アホ犬!」
内蔵助が自分の弁当の取り分の危機を感じて、犬千代の元へ駆けていく。
「元気ですねぇ」
五郎左は穏やかに笑いながら犬千代達の元へ行く。かさねも五郎左の後に続いた。
信長と信行は休むよりも、この地理周辺の地図を片手に、ここ一帯に何があるかと思案している方が忙しい様だった。
「はぁーっ、食ったぁ〜」
犬千代が満足気に自分の腹を叩く。
「さすがにもう食べれませんね…」
「信長様も信行様も昼は要らないって言うから、大分食ったな」
本当は信長達の分も作っておいたのだが、信長と信行は相変わらず地図を片手に川辺であれやこれやと話合っている。
「何話てるんだろ…」
「そりゃ戦の話だろ。最近じゃあ清洲の奴らが攻め込んで来たからな。奇襲なら何処がいいか、近くに村はないかって、話合ってんだろ」
川辺の信長達に視線を向け、内蔵助が片肘を着いて言う。
「戦…」
かさねはボソリと呟く。
今の今まで、平和な現代で生きて来たかさねにとって、まだ戦と言うものの現実味が沸かない。
そもそも、他国が欲しいからって、戦を起こす気持ちが毛頭解らない。
きっと自分には一生理解出来ない事だと思うし、理解したいとも思わない。
「まだ殿様達の話、長引きそうですね」
遠目から見ても、かなり話し込んでいる様子だ。
「私、おにぎりだけでも渡してきます」
一食抜いたからって死にはしないが、おにぎり一つくらいは食べておいた方がいいだろう。
かさねが信長と信行の分のおにぎり二つを持って信長達の元に駆けていく。
そんなかさねの姿に何を思ったか、犬千代も走って続いた。
「あの、殿様!信行さん!これ」
信長達に近寄って、かさねはおにぎりを包んだ包みを差し出す。
「かたねー!…あっ!」
「えっ?」
犬千代がかさねのすぐ後ろまで駆け寄って小石に躓く。
躓いて一人でこければいいものを、目の前かさねの背にぶつかって、ドミノ倒しの要領でかさねも倒れる。
「…なっ…」
「兄上!?」
かさねはちょうど目の前にいた信長にぼすっとぶつかり、予期して無かった信長はそのまま豪快に背後の川の中に落ちる。
「…」
「……俺知らねえ…」
五郎左が余りの光景に絶句し、遠い目で内蔵助が呟いた。
「……」
瞬時に受け身は取った様で信長に怪我はない様だったが、どうあっても避けられない水で信長は頭からびしょ濡れである。
「と、殿…」
犬千代があわあわと珍しく慌てる。かさねは頭から地面に突っ込んだらしく砂塗れの顔を上げ、真っ青になって信長を見る。
「ご、ごごごめんなさい殿様!」
「…」
かさねは慌てて立ち上がり信長に近寄って手を差し出す。
暗い赤眼がかさねをじっとりと睨み付ける。
「え?」
信長はその差し出されたかさねの手を掴み、そのまま自分と同じ様に川の中へ引きずり込んだ。
力任せに引きずり込まれ、勢いよく水しぶきが上がる。
「かたね!」
「あ、兄上、何を!」
犬千代と信行がまさかの信長の行動に驚いて目を剥く。
「ぷはっ!ゴホッ…!」
かさねが川からはい上がり、咳込みながら顔を覗かせた。
信長と同様に頭から水をもろに被り、全身川に浸かっている。
「な、何て事すんの!?」
かさねが信じられないとばかりに信長に抗議するが、信長はかさねを無視して川から無言で上がっていった。