戦國ストレイズ
□髪飾り
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「こんにちはー、お嬢さん」
「藤吉郎さん!」
藤吉郎が頭を掻きながら顔を覗かせる。相変わらず重そうな荷を背負い、変わった模様のバンダナを頭に巻いて、その細い目がニコリと愛想良く笑顔を見せる。
かさねは直ぐさま藤吉郎に近寄った。
「殿様のお仕事は終わったんですか?」
「終わったと言うか…近状報告で一度帰って来ちゃいました」
「へぇー、大変なんですね」
藤吉郎は信長の情報屋。信長が望む情報を手に入れる為、敵地に忍び込んだり、近状を探るのがもっぱらの仕事である。
だから滅多な事では藤吉郎は城には帰って来ない。
「あ!…実はお嬢さんにお土産がありましてね」
「私に?」
そう言って藤吉郎は荷を探りだす。
「いや〜、調度調査先の露店屋でお嬢さんに似合いそうなものを見付けましてね。これはお嬢さんにお土産としてあげるべきだ!って思っちゃってつい買っちゃいました」
「そんな。気を遣ってくれてありがとうございます、藤吉郎さん」
「いや〜、別にアタシは構いませんって!そんな照れるなぁー」
藤吉郎は細い目をさらに細めて、だらし無く鼻の下を伸ばす。
「あったあった、これです!」
そう言って藤吉郎が差し出したのは、かわいらしい細工が施された髪飾りだった。
決して派手ではないが、小さな花がちりばめられ、細かい細工がしてある。下品に成らない程度の若い女向けの髪飾りだ。
「わあ…!凄く可愛い…!ありがとうございます!」
かさねが感動して頭を下げる。
「やだな、アタシとお嬢さんの仲じゃないですか!」
藤吉郎とそんな仲になった記憶は無いが、かさねはそんな些細な事より、藤吉郎から貰った土産が嬉しくて顔を綻ばせる。
「私、男の人から物貰ったの初めてかも…」
「えっ?じゃあアタシがお嬢さんに物をあげた初めての男って事ですか?」
藤吉郎が"初めて"の言葉に過剰に食いつく。
「えっ、そ、そうですね…」
かさねの返答を聞き、藤吉郎が実に嬉しそうに頭を掻く。
「男にとって、何に対しても、女の子にとっての"初めて"の男になるのは嬉しいものなんですよ」
「そういうものなんだ…」
イマイチ藤吉郎の嬉しさがかさねにはわからなかったが、まあ自分は女だからわかんないもんなのかな、と思い深く考えない事にした。
「ささ、付けてみて下さいよ!」
「えっ、…今、ですか?」
かさねの問いに、藤吉郎は楽しそうに頷く。
かさねは元の世界でも、余り女の子らしいお洒落をするタイプではなく、どちらかというと動き易いボーイッシュな格好をする事が多かった。
だから突然男の人の前で、こんな可愛いらしい女の子の装飾品を身に付ける事が妙にこそばゆく感じた。
飾り負けしないかな…。
嫌な不安が過ぎる。
貰っておいて、似合わなかったら最悪だ。
ただでさえ髪が短くて、余りこういう髪飾りが似合わないのに。
「ささ、お嬢さん!」
「…」
愉しげに促す藤吉郎を前に、つけたくないと断るのも悪くて、かさねは髪飾りをつけようとする。
「あ、待って下さい、アタシが付けてあげます」
藤吉郎が髪飾りをかさねの髪に優しく付ける。
藤吉郎の意外に紳士な行動に、かさねは照れて身を固める。
「うん、思った通り、凄く似合います」
「…本当ですか?」
「ホントに!やっぱりアタシの目に狂いは無かった様ですね!」
そう言って満足気に笑う藤吉郎の顔に、つられてかさねも笑った。
「ありがとうございます、大事にします」
「いやー、これくらいお安いご用心ですよ、で、もしこの後暇なら一緒に出かけ」
「サル」
藤吉郎がかさねと二人で出掛ける算段を取ろうとした時、突如降り懸かる声が藤吉郎を震え上がらせた。
「の、信長様…」
「何を道草を喰っている。戻ったならばさっさとおれの元へ来んか」
吊り上がっている眉が、信長の機嫌の悪さを物語る。
「た、ただ今この藤吉郎帰還致しました信長様ー!!」
そう言って藤吉郎は涙を流しながら、信長に抱き着こうとするが、信長は容赦なくその泣き腫らした藤吉郎の顔面に蹴りを入れる。
「うっとおしい」
「お変わりないようで…」
かさねはそんな信長と藤吉郎のやり取りを、ポカンと見つめる。
その時、信長がかさねに気が付いた様で、すっ、と視線を向ける。
「……その頭のやつは何だ?」
「え?」
「アタシのお嬢さんへのお土産でございますよ!」
「土産…?」
信長が顔を顰る。
「聞いて下さいよ、信長様!アタシがお嬢さんに贈物をした初めての男なんですって!いや〜、照れるなぁー」
「…フン」
藤吉郎の言葉を聞いて、まじまじと信長はかさねを見つめる。
かさねはまるで値踏みする様な信長の視線に居心地の悪さを感じた。
「似合わんな」
「なっ…!?」
暫く見た後、信長は一言だけそう言った。
「サル、さっさと部屋に来て近状を報告しろ」
「…た、直ちにっ!…じゃあお嬢さん、また後で!」
信長はさっさと藤吉郎を引き連れて去っていく。
かさねは唖然としながらその背を見つめる。
(に、似合わないって言われた…)
確かに自分みたいなタイプが、こういう可愛い髪飾りがあんまり似合わないのはわかるけど、ちょっと位歯に衣着せて言ってもいいんじゃないの…!?
信長に心中悪態をつきながら、かさねは髪飾りを取った。
可愛いのにな…。
髪飾りを見つめながら、かさねは思う。
藤吉郎さんには悪いが、この髪飾りをこれから付ける勇気が、信長の一言で奪われてしまった。
ホントに似合わなかったのかも知れないし。
藤吉郎はああ言ってくれたが、人のいいあの人は私が傷付くだろうと、実は似合って無かったのに似合ってる、と嘘をついてくれたのかもしれない。
そして私に何の義理の無い殿様は、己の本心を伝えたのだろう。
「…はあ」
かさねは知らず知らずの内に溜息を零した。
もっと女の子らしく、可愛いく生まれてたら、こういうのも似合っただろうに…。
かさねは髪飾りを内ポケットにしまった。