戦國ストレイズ

健全青少年
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「暑いー…」

「暑いって言うな。余計暑くなる」

かさねがうなだれて呟く言葉を聞いて、内蔵助が不愉快そうに顔を歪める。

尾張那古野も本格的な夏に入り、夏特有のじめっとしたの蒸し暑さが続いていた。
夏の暑さは冬の寒さとは違いまた厄介で、冬のように重ね着や運動して乗り切れるものではなく、暑さの前では対処のしようがなく、うだるしかない。

「…暑い暑い暑い暑い〜」

「この阿呆犬!うるせぇつってんだろ!」

かさねの代わりに今度は犬千代がうだれ始めて、内蔵助がキレ始める。

こういう時こそ、かさねは己の世界が心から恋しくなる。
クーラーと扇風機やアイス…当たり前だった近代化学の勝利した世界にかさねは思いを馳せた。

「そんなに暑いのでしたら涼しい話でもしてみますか?」

「涼しい話?」

見兼ねた五郎左が微笑を浮かべながら言う。かさね達は首を傾げる。

「夏の涼しい話と言えば怪談でしょう」

「怪談?」

「はい、実は取って置きの話を聞きましてね。どうです?百物語でもしますか?」

「いいじゃねぇか。どうせ暑くてイライラしてたんだ。取って置きの怖い怪談話とやら聞かせてみろよ」

「私もそういうの平気です!どういう話なんですか?」

「では」

五郎左はかさね達の返答を聞き、部屋の何個かの燈籠の火を消し、蝋燭を一本だけ残して薄暗くさせる。

「慎んでお話しましょう」

そう言って五郎左はニコリと微笑んだ。







「…………」

「これで終わりです…どうでした?涼しくなりました?」

こ、怖い!怖すぎる!!

かさねは心の中でそう叫ぶ。
話の内容もさることながら、あの怪談話の合間の効果的な間の駆使、五郎左の話し方、全てが完璧で鳥肌が立った程だ。

「なんならまだ沢山ありますよ?」

「いい!もういい!」

真っ青な顔になって五郎左の怪談話を断る内蔵助。
どうやら内蔵助もかさねと同様、怖いらしい。

「おまえ、平気そうだな…」

犬千代を見て、内蔵助がげっそりと呟く。

「別に?なんかよくわかんなかったし」

アホはこういう時うらやましい、と心底思った顔で犬千代を見つめる内蔵助。

「おや、もう随分な時間になってしまいましたね。そろそろ解散しましょうか」

「……そ、そうだな」

「俺もう眠いー」

五郎左の一言に、全員立ち上がって己の部屋へ帰る支度を始める。外はもうすっかり日が沈んでいる。

「えっ、も、もう行っちゃうんですか…?」

かさねが戸惑う様に三人組に声をかける。

「はい。もういい時間ですしね。いつまでも若い女子の部屋にいるのは失礼ですし」

「いいえ!失礼だなんてそんな!も、もうちょっとくらい皆で…」

「明日も早いですよ?かさね殿も早く寝ないと明日にひびきますよ。せっかく怪談話で涼しくなったんですから寝付きが良くなったでしょう?」

逆に怖くて寝れなくなったんですが!!

かさねは心の中で五郎左に突っ込む。

「ではお休みなさい、かさね殿」

五郎左の、信長とは種類の違う異議を受け付けない空気に、かさねはうなだれて三人組を見送る。

途端しん、と静まり返る部屋の空気に、かさねは思わずたじろぐ。

「は、早く布団敷いて寝よう…」

かさねは押し入れから一組の布団を取り出し、無造作に敷いて直ぐさま布団の中へと潜り込む。

蝋燭の明かりだけが唯一の孤独感を拭ってくれたが、もしこのまま眠るのなら、このまま火を付けっぱなしで寝るなど言語道断だ。

「消したくないな…」

この時代は本当に夜になれば真っ暗で、明かりが全くないのだ。
火を消した途端、何かが部屋の隅から這ってきそうで怖い。

「…」

えーい、怖がるな!幽霊だの妖怪なんてこの世にいないんだから!

かさねは必死に己に言い聞かせ、蝋燭の火をふっ、と消した。

真っ暗に静まり返る部屋。物音も微かな明かりもない。
かさねはぞくりとした寒気に襲われ、頭まですっぽりと毛布を被る。

堅く目をつむって、早く寝てしまおうとするのだが、今日に限って妙に目が冴えて眠れない。

「…!」

ガサッと物音が聞こえた気がして、かさねは毛布の中で身を竦める。
部屋の暗い角の隅が妙に気になる。
思い起こせば何やら背中が気になる。振り向けば”何か”いそうで怖い。

「うぅ…」

気にするな、気にするなと言い聞かせる程に過敏になる意識。

かさねは耐え切れずにガバッと布団から起き上がる。

は、恥でも良い。笑われたって構わない。
こうなれば、最終手段だ。

かさねは坐った目で布団から立ち上がった。
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