戦國ストレイズ
□子守
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「お願いだよ、この通り!」
目の前で拝まれる様に哀願され、かさねはたじろぐ。
「わ、わかりました…」
「本当かい!?助かったよ!」
女中の押しに、断るに断れなく、かさねは二つ返事で頷いた。
「じゃあ今日一日、この子を頼むよ」
そう言って女中が、自分の後ろに隠れている小さな男の子をかさねへと押しやる。年端は3〜4歳位だろうか、かわいらしい容姿だが、かさねを不安げに見上げている。
先程この女中に懇願されていたのは、この少年の面倒を一日見てくれ、というものだったのだ。
「失礼ですけど、この子って女中さんの…?」
かさねに懇願したこの女中は、歳は40歳はいっていそうな人だ。
なのにこの子供は4歳くらい。
現代でもその歳で子供を産むのは難しいのに、この医療制度の整っていない戦国時代で、40歳の女の人がこんな小さな子を産めるものなのだろうか。
「いや、この子は歳の離れた妹の子でね。…最近で妹とその旦那が死んじゃってね」
「え…」
「うちら夫婦は子供に恵まれなかったから、この子を妹の忘れ形見と思って養子にしようと思ってね。だから今回アンタに一日この子の世話を頼んだのも、その許しを林様から貰おうと思ってね」
「林さんから?」
「妹の旦那が林様と遠縁だったから、筆頭家老の林様に養子のお許しを頂かないといけないのさ」
「そ、そうなんですか…!が、頑張って下さいね…!!絶対養子にしてもらえますから!!」
女中の話しに、かさねはまた情にほだされ、泣きながら女中にエールを送る。
女中の両手を掴んで、上下にぶんぶんと振り回す。
「あ、ありがとうね。じゃあこの子を一日頼んだよ」
そう言って女中が去っていく。
かさねはその後ろ姿を泣いて見送り、少年と同じ身の丈になるように、かさねは少年の前にしゃがみ込む。
「こんにちは!私はかさねって言うんだ。君のお名前は?」
かさねはなるべく優しく問い掛ける。
この年頃の子は人見知りの激しい子供が多い。
だから態度はなるべく高圧的じゃなく、フレンドリーに優しく。
「…末吉」
「末吉君って言うんだ!」
戸惑いながらも名前を教えてくれたこの少年に、かさねは満面の笑顔を向ける。
末吉もかさねの笑顔を見て、僅かながらも緊張をといて微かに笑う。
かさねはそんな末吉の反応に嬉しくなる。
かわいいなあ。正宗と虎徹の小さな頃を思い出すなあ。
かさねは母性本能を擽られる。
「今日一日、私をお母さんだって思って何でも言ってくれていいからね!」
同じ親無しという境遇が、かさねの共感を強め、何とかこの子と仲良く成りたい、という気持ちが高まった。
末吉は嬉しそうに遠慮がちにコクリと頷いた。
「…女」
その時、低い、よく通った声が投げ掛けられ、かさねは振り向いた。
「殿様?」
きょとんと見返すかさねと、かさねの隣にいる幼い童児を見遣りながら、信長は顔を顰める。
「……その餓鬼はどうした?」
当然の疑問をかさねに投げ掛ける。
「あ、この子?女中さんに頼まれて一日面倒を見る事になったんだ。末吉君って言うんですよ」
「…またおまえは面倒な事に首を突っ込む…」
呆れとも感嘆とも付かない声色で信長は呟く。
「…ていうか、なんかいつもより距離遠いですね」
かさねは信長の微妙な距離感に訝しむ。いつもならば、知らない間にすぐ側までにじり寄って来て、人を見下ろしているのに、今日はやたら距離が遠い。
それに何だか信長の様子がおかしい。さっきから妙に落ち着きがない気がする。
「もしかして子供が苦手とか…?」
「餓鬼など嫌いだ」
かさねの問い掛けに間髪入れず答える信長。
いつも険しい顔が、さらに不快そうに歪んでいる。
「人に頼り切りのその根性が気に喰わん。愛らしさを売って媚びる態度も腹が立つ」
「その目はこの子のトラウマになるから止めてくださいよ…」
信長はかつてない程冷ややかな視線を、かさね達に向けてそう言い放った。怯えて末吉がかさねの背後に隠れる。
「おれがその餓鬼位の歳には遊び道具はもっぱら真剣だったぞ」
「…あっはっは!うん、よっぽど可愛気のない子供だったんだろうね!」
信長の幼少時代が様々と想像出来てかさねは乾いた笑いを零す。
絶対こずきまわしたい生意気な子供だったに違いない。
「…なんにせよ、余り妙な事に関わるのは関心せんな」
鋭い緋眼が、責める様にかさねを見遣る。
「殿様には迷惑かけないからいいでしょ!行こ、末吉君!」
かさねは末吉の小さな手を引きながら、その場を離れる。
信長はこれ以上、かさねに対して何を言ったところで無駄と判断したらしく、そのまま踵を返して自室へと戻った。