戦國ストレイズ
□酒は呑んでも呑まれるな
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「信長様が酒を持ってこいとのお達しだそうだ」
時は月も覗く丑の刻。
突如尋ねて来た家来衆の一人にそう言われて三馬鹿組が固まる。
「…?どうしたんですか?三人共…」
かさねが訝しんだ目で三人組を見遣る。
「の、信長様が酒をご所望と…」
五郎左が珍しく、普段の柔和な表情を崩し、真っ青な顔で言う。
「は、早く持って行ってやれよ五郎左!」
内蔵助が引き攣った顔で五郎左を押しやる。
「な…っ!内蔵助こそ行けば良いではありませんか!殿への点数稼ぎになりますよ!」
「お、俺はいいんだよ!犬千代!おまえ行きゃあ信長様のお役にたてんだぞ!」
「お、俺は!さ、酒の匂いが嫌いだからいい!」
ぎゃあぎゃあと押し付け合う三人組に、かさねは口を開けてポカンと見つめる。
「一体何なんですか三人共…?」
かさねの抜けた問いに、ぐりんと一斉に、視線をかさねへと向ける三馬鹿組。かさねは思わずビクリと身を竦める。
「そ、そうだ…かさね殿、殿のもとへ酒を運んで行って貰えませんか?」
五郎左が普段の柔和な笑みに戻り、かさねに言う。かさねは突然己へとふられる話しに、へ?と目を丸くする。
「…別に良いですけど…」
「そうですか!いやあ、よかった!」
かさねの返答を聞いた途端、ほぅっと胸を撫で下ろす三人組に、かさねはますます困惑する。
「??」
「では貴方にこれを」
先程の家来がかさねに大きな酒瓶を押し付ける。
「……お酒持ってるなら家来さんが普通にそのまま持ってけば良いんじゃ…」
「い、いえ!私などより、信長様に特に目をかけられている三人組が持って行ったほうがいくらか…」
「いくらか?」
「失礼。…何でもありません」
「…?」
「なんで皆あんなに嫌がったんだろ…」
かさねは酒瓶を両手で大事そうに抱え、薄暗い廊下を歩きながら思案する。
皆殿様を慕っていて、殿様の役に立てる事なら喜んでやるはずだ。
それに出世出世とつね日頃から言っている内蔵助が、こういう些細な点数稼ぎをしないのも、かさねは疑問に思った。
(なんかひっかかるな…お酒渡したらさっさと戻ろう)
あの三人組の嫌がり方も尋常じゃなかった。何だか妙な胡散臭さを感じる。
こんな時はさっさと用事を簡潔に済ますに限る。殿様にお酒を届けて早く失礼しよう。
かさねは思案の結論に行き着き、フン!と鼻を鳴らして意気込み、信長の部屋へと向かった。
「殿様ー?お酒持ってきましたけど…」
かさねが信長の部屋の前で声を上げる。
「…入れ」
一時の間もなく、信長の声が投げ掛けられる。
かさねは信長の促しに従い、静かに襖を開ける。
部屋の奥に、普段と変わらない様子の信長が胡座をかいて座っていた。
信長の周りには無造作に酒瓶が3、4個放置されており、しこたま酒を呑んだ形跡が伺える。
(うわあ、かなり呑んでるな…)
かさねは横目で見遣りながら心の中で呟く。
「えっと、お酒ここに置いとくから」
かさねは部屋には入らずに、そのまま襖付近に酒瓶を置く。
信長の眉が吊り上がる。
「ここまで持ってこい」
「はあ…」
催促されるままにかさねは信長の部屋に入って、酒瓶を信長の隣に置く。
「座れ」
「え?」
「いいから座れ」
信長に言われ、かさねはとりあえず信長の近くに正座して座る。
しかし信長は不服そうにかさねを見る。
「たわけ。誰がそこに座れと言った」
「??なら何処に座ればいいの?」
かさねは訳がわからず顔を顰めて信長を見遣る。
信長がかさねの言葉に、己の胡座をかいている足を叩く。
「此処に座れ」
「………はいぃい!?」
かさねは理解出来ずに声を上げる。
どういうコト?!
「さっさとせんか」
何かの冗談か、間違いかと思いきや、信長は至って普段と変わらない真面目な顔で言ってのける。
「いや、あの…無理」
かさねの言葉にギロリと視線が険しくなる信長。
「う、ゔぅ…わ、わかりました…」
かさねは半ば涙目に成りながら、促されるままに躊躇いながら信長の膝の上にちょこんと座る。
(何!?一体この状況何?!殿様のなんかの策略!?)
かさねは今の展開が理解出来ないまま戦々恐々する。
ちょうど信長が、小柄なかさねを抱え込む様な体勢で身体が密着する。
かさねの背中に微かに信長の胸板が当たり、かさねは余計に居心地悪く萎縮する。
「…」
その時信長がかさねの頭を撫で、かさねは面食らう。
「な、何…?」
かさねはただ目を丸くして信長に身を任せるしかなく、信長に問い掛ける。
「撫でておるだけだ」
「いや、なんで私を撫でる必要が…」
……いや、ちょっとまて。なんか殿様の様子がおかしい。
表情と口調こそ普段と全く変わらないが、こんな行動おかしすぎる。
……も、もしかして酔ってるのか?
酔っているのならこの信長の不可解な行動も合点がいく。
信長は自分と違って、まるで素面の様に酔う面倒なタイプらしい。
(…ん?ちょっとまって)
かさねは妙な違和感に顔を顰めた。
(……私、もしかして人間扱いされてない…?!)
こんな風に膝の上に乗せられて頭を撫でられて、これではまるで猫じゃないか。
い、今でも私に人権があるかも怪しいのに、このままでは殿様の中で私は完全にペット扱いだ。
冗談じゃない。
「ちょっ、ちょっと!い、いい加減にして下さい!」
かさねは自分の頭を撫でていた信長の手を払いのけ、なんとか離れるように信長の胸を両手で押しやって、信長を見上げる。
「…何だ」
かさねの拒絶に、眉間に皺を寄せてかさねを見下げる信長。
かさねは思わずその険しい視線に怯んだが、なんとか気を奮い立たせ、持ち直して信長を見遣る。
「わ、私は猫じゃないですよ?」
「…当たり前だろうが」
「い、いや、でも今の扱いは、…えっと、…に、人間の尊厳に関わると、その、お、思います!」
「…五月蝿い猫だな」
「!!や、やっぱり私の事猫って思ってるでしょ!?今猫って言った!」
かさねが信長の漏らした言葉に、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる。
信長は欝陶しそうな視線でかさねを見遣る。
「…全くもって躾のなっていない野良猫だな」
そう言って信長がぐいっとかさねを己へ引き寄せる。
「ひゃっ…!」
信長はかさねの耳を軽く甘噛みし、囁く様に言葉を続ける。
「…いっそおれが自らしつけてやろうか?」
にやりと薄く笑ってそう言う信長に、かさねは訳がわからず目を丸くして見遣る。
「…っ!」
信長はそのままかさねの首筋に口付け、舌を這わせてその肌を味わう。
かさねはその慣れない感触にビクリと身を固くした。
そして信長はそのまま、隙をみて手をかさねの服の中に滑り込ませ、なぞる様にかさねの肌に触れる。
「ゃ、あ…っ」
かさねがその信長の撫でる様な愛撫に、ビクンと震え、戸惑いと恥じらいを孕んだ、小さな掠れた声を上げた。
「…!」
己の出した声が信じられず、かさねは真っ赤になって慌てて自分の口を両手で塞ぐ。
「…随分愛らしい声で鳴くではないか」
信長はかさねのその反応に、満足気に薄く笑う。
「…ーっ!」
信長の言葉に、かさねはあまりの羞恥に、異論の言葉も失い、ただ真っ赤な顔で茫然と信長を見上げる。
「もっと聞かせろ…」
「わっ…!」
そのまま信長に押し倒され、かさねはかつて無いほど心の中で慌てふためく。
(ま、まずいよね。どう考えてもこの状況ってまずいよね…!?)
流石にいくら色事が鈍いかさねでも、今信長が己に何を求めているのか解らない程愚かではなく、何とか信長が己の上にのしかかる今のこの状況を、一体どう回避しようかと、かさねは拙い頭で必死に打開策を考える。
かさねのそんな心境を知ってか知らずか、信長はかさねの制服を脱がせようと試み始め、かさねは慌てる。
「あ、あの…その、あの、ちょっと待って…!」
「…その小煩い口、おれの名と、嬌声しか言わぬ様にしてやる…」
「えっ、…あっ…」
そのうち信長はかさねの制服のホックの存在に気が付き、引き下ろそうと、ホックに手をかける。
「お、お酒!」
「…いきなり何だ」
いきなり声を上げるかさねに、信長は不可解そうに顔を顰めた。
「お、お酒!あ、あれだけじゃ殿様足りないでしょ?わ、私もっとお酒持ってきます!」
「…」
かさねの提案に、しばらく訝しそうに思案していた様子の信長だったが、「良いだろう」と快諾してかさねの上から退く。
「じゃ、その、…失礼します…!!」
かさねは信長の部屋からほとんど逃げる様に出て行き、慌ててあの三人組が居る部屋へと急いだ。