戦國ストレイズ
□金木犀
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「いい香り」
かさねと共に洗濯物を干していれば、かさねが唐突にそう呟いた。
「…もう金木犀の時期ですか」
ふわりと漂う甘い香りに五郎左は頬を緩めた。
「金木犀っていい香りですよね。好きなんです」
そう言ってかさねは顔をほころばせ、五郎左も穏やかに微笑む。
「私も、金木犀好きですよ」
五郎左の同意にかさねも嬉しそうに破顔した。
洗濯物を干している手を止め、二人は金木犀の木に近寄った。
「花も可愛いですよね」
「ええ」
かさねは庭に咲いている金木犀の枝を手に取り、その香りを堪能する。
うっすら薫る甘い香りは昔から好きだった。
「そうだ、かさね殿。木の枝を切って部屋に飾ってはどうですか?」
五郎左がそう発案し、かさねは少し戸惑った表情を作る。
「でも殿様怒らないですかね?勝手に庭の木を斬って…」
「その時は私が上手くいい繕いますから大丈夫ですよ」
穏やかな五郎左の返しに、かさねは嬉しそうに笑う。こうやって花を愛でる姿は普通の女子そのもので微笑ましかった。
こうやって穏やかな日々が続けばいい――。
…戦などに出ず、ただの女子として、己の傍にかさねが居てくれたならば、どんなに幸福か。
五郎左は人知れずぼんやりと思った。
「…では」
五郎左は懐から小太刀を取り出して金木犀を一枝切り落とした。
おもむろにその金木犀をかさねに差し出した。
「はい、どうぞ、かさね殿」
穏やかな笑みをかさねに向けた。かさねも嬉しそうに金木犀を受け取った。
「金木犀の花言葉はご存知ですか?」
「え…?え、ええっと…」
五郎左の問いに、かさねは面目なさそうに頭を掻いた。
五郎左は眩しそうにかさねの姿を見つめた。
「…金木犀の花言葉は――」
言葉を紡ごうとして、五朗左はぴたりと口を止めた。
そしてかさねへと向きなおり、その短い黒髪を梳く様に撫でる。
「五朗左さん…?」
かさねの不思議そうに己を見上げる視線に、五朗左は素直に可愛らしいと、そう思った。
この時が永遠ならばいい。穏やかにずっと互いに側に居られるこの時が。
でもわかっている。彼女は何時かこの城を去る人間。そして己の恋人というわけでもない。
穏やかで人好きのする彼女を想う男は、己だけではないと知っている。
自分が傍に居ないときは、他の男と共に居る事も多々だ。
それを咎める権利は己には無い。
かさねの髪を梳きながら、その手をかさねの頬へと移動させる。
顔を近づけて、うっすらかさねの紅色に色付いて見えるのは、自惚れでなければいい。
「…やっぱり、秘密です」
少し意地悪く嗤って五郎左はゆっくりと言葉を紡いだ。
かさねは少しあんぐりとこちらを見ていたが、直ぐに頬を軽く膨らます。
「気になるじゃないですか。教えて下さいよ」
「はは、いいですよ、存分に気にしてください」
そう言って五郎左は笑った。かさねは少し不満げだったが、気にしない。
(そうやって私の事を、考えてればいい)
あなたが己のものにならなくとも、
そう思うことぐらい、罰は当たらないでしょう?
「…では、もう戻りましょうか」
「あ!まってください五朗左さん!」
そう言いながら城へと歩だす五郎左を、かさねは慌てて追いかける。手には先ほど五郎左から貰った金木犀を握りしめて。
「ありがとうございます、五朗左さん!」
「…」
かさねの礼の言葉に、五朗左は少し目を見開いた。
「どういたしまして」
にこりと優しげな笑みを浮かべ、かさねの頭を撫でてやる。
「でも花言葉、気になるんですけどっ」
かさねの抗議の声を緩く流しながら、五朗左はふと考える。
金木犀の花言葉?
一体なんだったか。
…ああ。確か
(貴女の気を引きたい。)
金木犀の花言葉を思い出し、まるで今の己そのものではないかと、五朗左は微かに苦笑した。
了