献上品

恋に酔え!
1ページ/3ページ




「何…?」

信長が珍しく面食らった顔をして、かさねを見遣った。

「藤吉郎さんの仕事のお手伝いをしたいんです!…駄目ですか?」

「…」

今朝早く部屋へ訪ねて来たかと思えば、突拍子もないかさねの申し出。
信長は訝しんだ視線をかさねへ向け、隣でにやにやしながらこちらを見てるさるへと視線を送る。

「あたしの仕事の話しをお嬢さんにしましたらね、大変お嬢さんが興味を持ってくれましてね!」

さるはでれでれむかつく程、顔をだらし無く緩めながら、頭を掻いて言い放った。

「前も池田さんとお仕事行った事があるし、いいでしょ?」

隣は隣でうきうきと(まるで遠出をすると告げられた餓鬼の様に)こちらを期待を孕んだ目で見つめている。

「…」

信長はしばらく二人を交互に見遣った後、フンと鼻を鳴らした。

「…確か次の仕事は泊まりがけだったな」

信長の鋭い一言に、藤吉郎がビクッと微かに反応を見せた。

「…そうでしたっけ〜?」

藤吉郎が信長と視線をわざとらしく逸らしながら、それは知らなかったとばかりにうそぶいた。


…こいつ。


信長は藤吉郎のその反応を見て、眉間に皺を寄せた。

「色んな仕事を覚えろって言ってたのは殿様だったでしょ?」

かさねはかさねで、藤吉郎の腹持ちなど全く気付いていない様子で、うっとしい位御託を並べて食い下がる。
あのさるが何を言ったか知らないが、きっと何か軽い冒険の類いだと軽く考えているのは明らかだ。

何故こうも見え透いた下心に気付かん…。

この女の、親しげ接する男に対する態度を見る限り、この女の元居た世界とやらは、男女のそれがこの戦国の世より、実に気安いものだと見受けられた。
この時代ならば、農民がどうかは知らないが、年頃の娘がやたらめったに男と気安く接するのは憚られる。
婚姻は早いが、それは恋愛だのと言ううんぬんなどなく、幼い頃から決められた相手と言うのがほとんどだ。農民だってさしたる違いなどないはずだ。

「…」

信長は視線だけ、責める様に藤吉郎に向けた。

藤吉郎は信長のその視線を、必死で気付かないふりをしている。

信長は小さく息をついた。

「女、おまえには他にも仕事があるだろう。早々何度も泊まりがけで城を空けられる訳無かろう」

信長の言葉に、かさねは、うっ、と言葉を詰めた。実際最初に信長に言い付けられた最低限の仕事というのが山ほどあるのだ。

やっぱりだめかぁ〜、とかさねはがっくりと肩を落とす。
隣のさるは女とは違う意味でがっくりと肩を落としている。

信長は思案した。
女だからと甘やかしたり、特別扱いする気など毛頭無かったし、この女は妙に小回りがきくことがある。
使える様に様々な仕事を教え込む方がいい。

「…城下の査察ならば遠出ではないし、今日中に帰って来れるだろう」

「え。いいの?」

かさねの顔がぱあっと輝く。

「遊びではないぞ。それを夢夢忘れるな」

「…」

藤吉郎は複雑そうな顔で信長を見た。

「れ、例の泊まりがけの仕事は…」

「急く仕事ではない。先ずはその女に情報収集のやり方を教えてやるだけで十分だ」

「…そ、そうですか…」

あからさまに残念そうに眉を下げる藤吉郎に、信長は鼻で嘲って会話を断ち切った。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ