戦國ストレイズ
□贈物
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「最低…」
かさねは恨めしげな視線で信長を睨み付ける。
「ごめんかたね…」
犬千代がしょんぼりと頭を垂れて、かさねは慌てて否定する。
「ち、違うの犬千代さんじゃなくて!あの…」
かさねは視線を信長へ向ける。
先程びしょ濡れだった信長は予備の着替えがあったらしく、さっさと自分だけそれに着替えて何事も無かった様な顔をして馬に乗って先へ進んでいる。
だが、かさねに予備の着替えの用意などがあるわけなどなく、濡れた制服のままでかさねは信長達の後に、とぼとぼ続いて歩く。
「確かにあんな風に川の中落ちたのは私のせいだけど、何も仕返しに私も引きずり込まなくったって…!」
かさねは鼻を啜りながら、疎ましげに呟く。軽く何度もくしゃみを繰り返す。
「今は夏だ。肺炎にはならんだろう」
かさねの不服そうな声が聞こえていたらしい信長が、たいした関心を感じさせずに言ってのける。
「風邪はひくと思うんですけど…」
「自業自得だ」
フン、と鼻を鳴らし、信長はさっさと先へ進んでいく。
かさねは信長の悪びれない態度と、水浸しの衣服の気持ち悪さに必死に堪え忍ぶ。
夏とはいっても雨期真っ只中なこの時期、暫くはこのびしょ濡れの制服は乾かないだろう。
濡れたままの服をそのまま着ておかなければならない不快感に、かさねは顔を歪める。
纏わり付く服に、いっそ全て脱ぎ捨てたい衝動に駆られるが、流石にそれはまずい。
「かさね殿、僕の上着でも貸そうか?」
見兼ねた信行がかさねに近寄り、馬の上から声をかける。
年頃の女子が水で微かに透けた着物のままで居るのは、不憫にもほどがある。
「信行、甘やかすな」
信長の鋭い声に、信行が身を竦める。
「ですが兄上、年頃の女子がこの様ななりでは余りにも…」
信行の言葉に、信長はかさねをまじまじと凝視する。
「…好きにしろ」
信長は一言そう言って、また視線を前に向ける。
信行が自分の着ていた羽織りをかさねに渡した。
「ありがとうございます、信行さん…」
「かまわないよ」
かさねは信行の細やかな心遣いに感動する。兄と弟で性格が違い過ぎるのにも程がある。
「おい、着いたぞ。いつまでやっている」
不機嫌そうに信長が街の入口で言う。
「誰か此処に残って馬番をしなければなりませんね」
「あ、じゃあ私がやります。どうせこんなにびしょ濡れじゃ店の中に入れないだろうし」
五郎左の言葉にかさねが名乗りを上げる。
「いいんですか?」
「はい、任せてください!」
案じる様子の五郎左に、かさねは笑みを向ける。
「…まあ、見物がてらなんか買ってきてやるからそう落ち込むな」
「…え?…どうしたんですか?珍しく優しいですね」
まるで濡れ鼠の様なかさねを見て、あまりにもかさねが不憫に思ったのか、内蔵助が言う。内蔵助の言葉にかさねが意外そうに目を丸くする。
「めっ…!?…もう知らねぇ、ゼッテーなんも買ってきてやんねー!」
「え゙!?」
いきなり気分を害したらしく、半分怒りながら返事を返し、内蔵助は信長に近付く。
「信長様、お供を」
街の入口に馬に降りて立っていた信長に内蔵助が言うが、信長はつっけんどんに突き放す。
「共は要らん。おれより信行に付け」
「…で、ですが」
そう言って信長は内蔵助達の制止の声に耳を貸さず、街中に入って行った。
「では用事もあるし、早く行って早く戻ってこようか」
そういって信行達も信長の後に続く。
「かたねー!なんか持ってくるから楽しみにしてろよー!」
犬千代が楽しげに手をブンブンと降り、かさねは手を振り返す。
共を連れ立った信行達の背を見送り、誰も居なくなって、かさねは二匹の信長達の馬の間に座って、馬と一緒に、皆の帰還を待つことにした。
「さて、何処か呉服屋は…」
五郎左達に別の場所で暫く待っててくれと置いて来て、信行は呉服店を探す。
びしょ濡れの着物のままで、流石にかさねが気持ち悪るかろうと、何か代えの着物を買おうと思っていたのだ。
「あった」
信行は店の中に足を踏み入れる。
すると思いもしない後ろ姿が合って面食らう。
「…兄上!?」
「…」
信長が信行の声に、うっとおしそうな視線を微かに向けた。
「兄上…も、…まさかかさね殿に代えの着物を買いに来られたのですか?」
あの兄の態度を思えば信じられないが、こんな場所に居る理由など、それしか見当たらない。
「…」
信長は黙って持っていた包みを信行に押し付ける。信行は何だろうと顔を顰める。
「もうかさね殿に着物を買われていたのですか」
「これはお前から、と言う事にしてあの女に渡して置け」
「え?何故?兄上が直接かさね殿に渡せば…かさね殿も喜ぶと思いますが」
「お前はただおれの言う事に従っておれば良い。いいか、あの女に決して余計な事は言うな」
それだけ言い終えると、信長はさっさと店を後にする。
信長が去った後、興味翻意で包み紙を緩めて中身を見る。
「…随分愛らしい柄だな…」
細かい刺繍と、淡いその色合いが、あの少女にとてもよく似合いそうだ。
「あのお侍様、随分熱心に着物選んでてねぇ、いい人にあげるのかい?って聞いたら睨まれちまったよ」
店の店主らしき男が苦笑いを浮かべながら信行に話かける。
あの兄上が熱心に…。
辺りを見渡して他の着物を見てみるが、この着物以上にあの少女に似合うものはないだろう。
「兄上も素直じゃないな…」
そう言って信行はくすりと微かに笑った。