──拍手お礼(楸瑛お相手)──
花街のとある妓楼の一室。
寝台の上で男と女が寄り沿って寝ていた。
だが、男の方がむくりと起き上がり、床に散らばっていた着物を身に纏い始めた。
女は自分の身体に掛け布を引っ掛け、着替える男の背中に声をかけた。
「…もう、お帰りに?」
「あぁ、また来るよ」
そう言ってにこりとわらう男─楸瑛に気付かれないよう、小さくため息をついた。
「じゃあね、私だけの蝶々」
瞼に一つ口付けを落とすと楸瑛はさっさと帰って行った。
「…嘘つき」
フッと息を漏らして両手で顔を覆った。
「また、だなんて。当分来る気のないのにそんなことを言うなんて」
楸瑛はフラりと現れては自分を指名し、一晩の相手をすると日も昇らぬうちにさっさと帰って行く。
それがいつもの彼。
またね、などといつも口にして去るが、その『また』はいつもバラバラだった。
七日程で来たかと思えば、数ヶ月来なかったり。それでも、次の日には必ずと言っていい程来なかった。
来るたびに自分を指名してくれるのは嬉しいが、もっとこう、間隔を狭くして来てくれたらな、などと思ってしまう。
…まぁ、一妓女がお客の気分にとやかくなんて言えないのだが。
「…でも、それでも、会いたいっ」
いつの間にか、妓女としてではなく、一人の女として楸瑛が気になってしまっていた。
女なら、誰もが虜になってしまうような甘い笑みに、耳元で囁かれればとろけてしまいそうになる美声。柔らかな雰囲気を持ちながらも、藍家の子息であり、将軍職につく男。
「しゅ、ぇいっさまっ」
彼の前では呼べない呼び方で名を呼びながら、静かに涙を流した。
─会いたいです、楸瑛様。
誰もが一度は恋にオチテしまう彼の男。
そんな男を想い描いて、今日も一人の女が枕を涙で濡らしたのだった。
end.