置場
□茜色ドラマチック
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まさか、と、思った。
そんなはずはない、とわたしの脳がリピートして囁き、わたしはその場に硬直した。振り向きたいけれど、でもどうせすぐに脇をすり抜けていくのでしょう。
そう身構えていたけれどいつになっても風は過らず、かわって聞こえてきたのは自嘲気味な彼の低まった声だった。
「…なんてな、覚えてるか?」
ああ彼だ。彼が居るのだ。あの日のように去ってはいかないけれど。
「……うん、覚えてるよ」
ばくばく言う心臓を堪えながら、口にした。わずかに震える。
「そっか。……俺も、ずっと覚えてた」
わたしは未だ振り向けずにいた。背後に居る彼が見たいのに、振り向けない。理由は明らかだ。体が動かないし、それに、勝手に涙が頬を伝っていたから。これでは“嬉しい”とバレてしまう他、わたしの恋心さえも雄弁に語ってしまう。叶うとは到底思えないものを曝すつもりはない。だから、決して振り向けない。
「…部活は?どうしたの?」
「今日はミーティングだけ」
「そうなんだ」
「おう。久しぶりに早く帰れた」
「大変だね、毎日。お疲れさま」
こんなに会話を交わすのなんてほんとうに久々で、わたしは緊張しっぱなしだった。止まらない涙もそれに拍車をかける。そんなにも待ち望んでいたのか、わたしは。
「いや。……あのさ、ほんとは今日コンビニ行く予定だったんだよ。誘われて。でも…断った」
「え?」
「今日すげえ綺麗だろ、空。あんときみたいに。だから、その…予感がしたんだ」
「…なんの、予感?」
今まで間髪入れずに答えていた彼が急に押し黙る。わたしは不安になり、「巣山?」と声をかけた。そういえばお互い名字で呼びあうようになってからだ、疎遠になったのは。もっとも今は名字を呼ぶこと自体減ったが。
すると、カラリと車輪が回る音が聞こえた。ああ、巣山はチャリに乗っていたのにわざわざ降りて話してくれているんだと改めて気付
く。ますます高鳴る心臓に、わたしの緊張はピークに達し、決壊寸前だった。
しかし直後に巣山の声がわたしの鼓膜と心臓を震わせ、いとも簡単に決壊は訪れる。
「……お前に会う予感」
わたしは反射的に振り向いていた。もちろん涙は流れっぱなしだったし、拭うことすらできなかったから頬もびしょびしょに濡れているだろう。
ただそんなもの構うことなどできなくなるほどに、巣山の顔が見たくなってしまったのだ。
期待はいつしか具現化し、今、それ以上のことが起こっている。
さらなる期待を抱いてもいいのだろうか。
振り向いたそこには、あの日と同じ茜色の空。けれど彼は違っていて、余裕のない顔で口をかたく引き結んでいた。涙を流すわたしもあの日と違う。
気付けば勝手に口が動いていた。
「……わたし、ここ通るときいつも、巣山があのときみたいに来ないかなって思ってた」
「うん、俺もずっと思ってた。話さなくなってから、よけい」
そこで巣山は言葉を切るとわたしに歩み寄り、泣くなよ、と尚も頬を伝う涙を拭ってくれた。わたしはまた泣く。巣山は困ったよ
茜色ドラマチック
(あの頃から待っていた)
900Hit、悠志様へ。長くなってしまいすみません…
ありがとうございました!
title by カカリア