置場
□茜色ドラマチック
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『ばーか』
その声に振り向いたわたしは、視界をよぎる彼と、綺麗な茜色の空を見たのだった。
もうあれから何年経っただろう。
日課としている愛犬の散歩ももうすぐ終わりだ。
わたしはひとつ息を吐くと、屈んで愛犬の頭を撫でた。
目の前に見えるブロック塀の角を曲がれば50メートル先が我が家。
南向きの陽当たりがいい家で、梅雨の季節でもわりとからっとしている。
そのお向かいにあるのが、中学に入ってから全然喋らなくなってしまった幼なじみの家だ。
1年の時こそ同じクラスだったからしょっちゅう話していたけど、クラスが離れてからはめっきり。廊下ですれ違っても目で会釈するぐらいで、うん、思春期の男女の幼なじみなんてどこもそんなもの
だと思う。たまに家の前でかちあってもそんな感じだった。ずっと。
高校も離れて、電車通のわたしとチャリ通の彼とでは、ほとんど顔さえも合わせなくなっていた。
わたしは彼が好きだった。まだ過去形にできていない気もするけれど、とにかく好きだった。
それはあの日、ちょうど四年前の新緑の季節のときからだ。
わたしはあの日も愛犬の散歩をしていて、やはり同じようにこの角を曲がろうとしていた。すると背後からいきなり声をかけられたのだ。
『ばーか』
遅れて振り向けば一瞬だけ見えたのは悪戯っぽく笑む彼と茜色の空。すぐに横を風が通り過ぎて、慌てて目で追えばチャリに乗ってこちらを振り向く幼なじみが居た。
わたしは遠ざかる彼に反論しようと口を開けたが、そのとき彼が、やわらかな微笑をしたから叶わなかった。
やさしく細められた目、わずかに上がった口角。
まるで大人のような穏やかなそれは、普段口喧嘩をしている彼とは違っていて、胸が高鳴った。
これがわたしの恋のはじまり。
でもいつの間にか疎遠になって、イヤだとしがみつく気持ちと仕方ないと諦める気持ちが心の中で同居し始めた。
わたしは彼と話したい。でも、彼は違うだろう。
諦めは徐々に容量を増し、ついに恋心とやらを捨てる覚悟をしたのは先日のこと。高校に入学して3ヶ月、すでに2ヶ月以上彼の姿を見ていなかった。
そうして諦めたはずなのに、捨て去ったはずなのに、わたしはこうして散歩をしていると、またあの日のように風が通り過ぎていくのではないかと期待してしまうのだ。
やっぱりまだ、好きなのだろう。
なんていさぎの悪いヤツだ、と苦笑がこぼれた。片想いが始まって4年目、いい加減諦めてもいいだろうに。
わたしは愛犬を撫でる手を止め立ち上がった。
こんなところに居るから感傷に浸ってしまうのだ。早く帰ろう、帰ってしまおう。どうせいくら期待したところで彼が来るはずなどないんだから。
そうして角を曲がった。
その刹那だ。
「ばーか」