短編3

□こんな幸福な未来
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耳元に息を吹き掛けられた。


「おはよう、ライナ」

脳に直接響くような甘い声。ライナはまだ眠気の残る頭のまま、擽ったそうに小さく身動ぎした。上質なシーツが擦れる音がした。

「・・・ん〜・・・」

「あら、意外と低反応なのね。もっと取り乱すかと思ったのに、つまんない」

楽しそうな声が頭上で上がって、ライナの意識はだんだん晴れてくる。こんなことをしてくるような人間は一人しか思いつかなくて、でもその声も口調も自分が想像した奴とは似ても似つかなくて、じゃあ誰だ?と考えた瞬間、一気に意識が覚醒した。
思わずライナは飛び起きた。

「っ、誰だ・・・!?」

「寝呆けてんじゃないわよ」

瞬間。
グッ、と鳩尾に拳を突き落とされた。明瞭になったばかりの意識が飛びかける。

「っ!?がはっ・・・!」

「はぁ〜い、今度はちゃんと起きたかしら?」

内臓が圧迫されて、軋む骨の痛みを堪えながら、はーはーと苦しそうに息を整える。涙目になりながらもライナはようやく相手の顔を見た。
陽の光を跳ね返す透明感ある水色が目についた。

「ピア・・・!?て、てめぇいきなり何を・・・」

「ふふん、黙りなさいな。弱者の文句を聞いてやる道理はあたしには無いわよ?」

「そーいう問題かっ!いきなり寝込みを襲うなって言ってんだよ!!」

本気で痛かったらしい、ライナはずっと鳩尾を擦っている。不満一杯にしてこちらを睨み付けながら、涙目で情けない表情をしているライナを見て、自然と口の端が上がって、ピアの機嫌は良くなっていく。

懐かしい。昔もよくこうやってライナで遊んだものだ。

「あんた相手が暗殺者でもそう言ってピーピー喚けば許してもらえると思ってんの?ジェルメがいたなら『どんなに強かろうが油断して隙を見せる馬鹿に同情の余地はない!』ってもう一発殴られてるとこよ」

「う、やめろよ、最近やっとジェルメに殴られる夢見て飛び起きること無くなってきたのに・・・」

「そうなの〜?ふふ、相変わらずビビりねぇ」

ライナの中で昔のあの時間がまだ生きていることは、少なからずピアの胸を躍らせたし、優越感すら生まれた。そして同時に、こんな小さなことで喜んでいるだなんて、ライナの頭のほとんどを占めている記憶が憎たらしいとピアは思った。

「ねぇ、あんたさ、起きてたでしょ?」

上機嫌にライナをいじめていた時より幾分か声のトーンを落としてピアは呟いた。ライナは何のことかと小さく首を傾げ、あぁ、と思い当たった。

「まさかピアだとは思わなかったから・・・悪い、驚いたか?」

始めから自分の枕元に誰かがいることはわかっていたのだが、半分寝ていた頭では、どうせいつもの馬鹿に違いないと思っていたのだ。女の声だと判った瞬間、つい過剰に反応してしまったのはその所為だった。

ピアはさっきまでの上機嫌が嘘のように唇を尖らせて小さくふぅんと呟いた。
女心はからきしのライナがその理由を理解できるわけもなく、ただ突然苛々し始めたピアを少しだけ怯えた表情で仰いだ。
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